工業デザイン製図(技法と考察)
真水 公薙
PAGE | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 |


3 フリーハンド・テクニックについて

 フリーハンドのテクニックも工業デザイン製図の上では重要な技法であり絵画的手法と投影図的手法の二通りに大別できる。

 絵画的技法は透視図法による描法で、対象の遠近、量感あるいは質感なども表現することがある。いわゆるアイデアスケッチや見取図を描くときに非常に役だつ手法で、もののかたちを容易に、具体的に定着させることができる。

 投影図的手法は製品の実測製図やメカニズムの検討、エレベーションとしての各部のプロポーションの検討などに用いると便利で、ものの大ききなどの寸法的な検討や全体の比率などを正確に把握することができる。もちろん、どちらの場合にしてもかなり高度な訓練を積むことにより、的確な表現技術を身につけなくては、自分のイメージを定着させることができないし、いろいろな障害を容易に解決していこうとするときの役にたたない。

 絵画的手法ではパースペクティブ、つまり、ものの透視図的遠近の歪に注意しなくてはならない。一枚の紙に表現するのであるから、 透視図法をそのまま用いたのでは、一辺が10cmの立方体も、1mの立方体も、10mの立方体も縮尺を同じ大きさになるようにとって描くと全部同じものになってしまうが、これではイメージを正確に把握することは難かしい。こうした場合には、ただ透視図法の通りに描くだけではなく、視覚的に修整を加えて10cmのものは10cmの立方体に、1m、10mの立方体を描く時はそれぞれ1m、10mのものに見えるように、そのものを一番理解しやすい視覚やデフォルメを与えて描かねばならないのである。

 投影図的手法については絵画的手法にも同様なことがいえるのではあるが、まず線をしっかりと引くことが大切である。直線は直線に見えるように、曲線は曲線に見えるように、そしてJIS Z8302製図通則に規定された線の種類を用途に応じて使用することが望ましい。

 直線が割合簡単に引くことができる方法としては、用紙の上に自分の引こうとしている線の起点と終点を想定し、起点の上に鉛筆の尖端を置いて、終点になるポイントを見つめ鉛筆を起点から終点に向って移動させればよい。

 円を描くためには鉛筆を保持した指を中心に紙を回す方法と、同様にして鉛筆を回す方法が考えられる。どちらでも鉛筆を持ったときの位置で円の大きさを変えていくことができる。

 曲線(円弧)を描く場合には直線や円を描く技術を応用すればよいが、さらに高度な技術と感覚的な判断が必要である。曲線の起点と終点、および頂点をとり、それらの点を滑らかに結ぶために手首を中心とした円運動や肘を中心とした描き方、肩が中心となるときなど、曲面の半径の長さに応じて自由な曲線を描けるようにしておかねばならない。単純な曲線ではなく、連続して変化していく曲線などの場合には、その変曲点を取り各部分ごとに的確な技法を選んで描きこんでいくことが望ましい。

 次に考えねばならないのはプロポーションを狂わさないということである。各部の比率が大きく狂ってくると、その図面からかたちのイメージを組立てるということがとても困難なことになってくる。ある長さに対し、自分が描こうとしている所はどの位の割合にすればよいのかということは、多少の訓練をすればできることであるが、これらのことは結局、絵画等でいうところのデッサン力があるか、ないかということと全く同じことで、こうした基礎を身につけなければより高度な次元に進んでいくことは不可能である。いずれにしても図面を描く技術というのは、少しでも多く描きこんで覚えていくより仕方がないのであるが、なかでも、このフリーハンドテクニックについてはより多くのトレーニングをして高度な技術をマスターすることが必要である。

プレゼンテーションのための
工業デザイン製図


 プレゼンテーションのための図面というのは、これでデザイナーの評価が下される重要な図面である。最終的にまとめあげたことを正確に第三者に伝達するためのものであるから、分り易く、美しいことが必要である。ここに機械製図とは違う、工業デザイン製図の独自の分野ができてくる筈である。

 この図面には断面図、計画図、外形図、組立図、外観図、線図、ハイライトライン図、構造分解図、見取図などといった種類が考えられる。

1 断面図

(1)断面図の役割

 断面図というのはものをある面で切断した状態を描き表わすことにより、そのものの内部の形状や部品構成などが容易に理解できるようにした図面である。また、断面図を描くことにより、外形図から肉厚や内部のメカニズムのレイアウトなどを表わすカクレ線を取り除くことが可能となるので図面の複雑さがなくなり、外形図からかたちを読みとることが容易になるのである。

 工業デザイン製図での断面図のもつ意味は内部に組みこまれたメカニズムとかたちの関係を明らかにし、更に材料や加工技術上の問題などを検討し解決していくところにある。

 IDではメカニズムとかたちということは切離して考えることはできない。メカニズムのレイアウトが製品の外形に与える影響というのは非常に大である。例えば工作機械などでは駆動部、伝達部、作動部、操作部などのレイアウトができあがると、それらをどうカバーして全体の調子をうまく統一させるか。ギヤーとギヤボックスの関係、ベルトや親ネジの処理、スピンドルの支持など、みな、かたちと関連を持っているものである。また、カメラや腕時計などの精密機械類ではメカニズムの0.3mmとか0.5mmとかの移動がかたちの上での決定的な要因となることも少なくない。もちろん単にメカニズムにカバーをするだけが工業デザインではない。かたちということを追求する上から、デザイナー側からメカニズムの構成に0.5mmの移動をして欲しいと申し入れる場合もある。これはもっとも、ただかたちということだけではなく、機能上のことや生産性の面もよく判断してのことではあるが。

 メカニズムの保持法(サスペンション)あるいはメカニズムとかたちとの密着性、部材の肉厚や加工方法などもこの断面図で検討することができる。


[2]Series以前の(無Seriesの)分析
2 プラスチック容器の断面図 A図はひけの出る部分がすぐにわかる。
B図ではひけがこないようにかたちをつくっている。断面図はこのように加工技術上の問題の追求にも役立つ。


(2) 断面図の描き方

 断面図の描き方としては、JIS BOOOl機械製図に数種の方法が規定されているのでそれらの方法を使用することが望ましい。

 一つの断面法ではイメージを表現し伝達することが困難であると思える場合には、その中の数種を組み合せて記入することも可能なのである。詳細は省略するのでJIS機械製図の断面法の項を参照して欲しい。

 多くあるそれらの方法の中から、どれを選ぶかということは、やはりデザイナーの経験というものが必要になる。よく考えれば2面の断面ですむのを4面も断面を取ったりする場合がある。デザインの図面というのは必要十分なものであればよいのであって、十二分である必然性は全くないのである。自分のイメージを伝達するのに必要十分な断面図を描くにはどこをどう切ればよいか的確な判断が単時間に下せるように自分を育てていくのがよいことである。

 工業デザインの断面図では一般的に組立断面図を描く場合が多いので断面法としては全断面法(全体を基本中心線を含む平面で切断する方法)や、半断面法(対称形のもののみに対して使用する方法で主として上半分、または右半分を切断する方法)を用いて描くことが普通である。機械製図では断面の切口の部分にハッチングをほどこすが、工業デザイン製図ではこの方法はさけるべきである。断面図にハッチングを入れると細かい間隔に引かれた斜線によって視覚上の錯覚を生ずるため正確なかたちの把握が困難な場合がある。

 工業デザインの場合には、かたちの検討ということが非常に重要であるため、図面の種類によっては図形の中に不要な線やかたちの入ることを嫌う場合があるが、断面図というのもこの種の図面の一つである。そのため、このようなとき、断面を明確にする必要がある場合には、切口を塗りつぶす方法をとるとよい。切口の面積が広い時には全体を濃く塗らずに、外側(外形線のすぐ内側)を濃く、内側をうすく塗る方法をとるとよい。この時はトレーシングペーパーの表側からこれらの作業を行なうとよい。はみ出して塗ってしまった部分を消したりする場合に外形線を消してしまって図面をきたなくするようなことを少しでも避けることができる。ただし裏側からの仕事であるため、表から見てはっきりと見える程度まで強く塗り込んだりしてしまうと焼き上った時、黒く出すぎて、かえって見にくくしてしまう場合もあるので、注意する必要がある。コピーにかける場合は、トレーシングペーパーの表側に描いても表側に仕事をしたとしても、結果的にはトレーシングペーパーを光線が透過して感光紙に焼きつけられるのであるから、同様に感光すると考えられてよい。そのため塗りつぶす濃さは一面からだけ見るのではなく、両面から見て決定するべきである。美しく焼きあがらせるためには何枚も描いて焼いて見て、きれいに見える画面が得られるように考慮して欲しい。

 なお、JISでは断面図を描くさい、断面を取らない部分が何例かあるので、JIS BOOOlを参照の上、作業を続けて行くとよい。


Back Next