工業デザイン製図(技法と考察)
真水 公薙
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(3) 肉厚の表示

 かたちを創り出していくとき、外形を構成する部材の肉厚については、十分に考慮を払う必要がある。たとえば金属板を使用するときには強度の問題や組立て方法をどうしたらよいかといった構造上の問題あるいはプレスやスピニングなど、加工技術上のいろいろな点など、多くのことに注意しなくてはならない。工場のプレス機械の能力が1mmまでは容易であるが、1.5mmになるとかなり無理なことになり生産性が落ちてしまうとか、あるいは金属板のフレームにタッピングをして他のパーツを止めようとしたら、肉厚が不足していてネジが切れないため、裏側にナットを入れて無理をして取付けるようにしたので、加工組立ての時間が増加してしまったり、薄物を深しぼりして表面研摩をした所、エッジの部分に穴があいてしまったなどの例がある。もちろんエンジニアサイドと協力して試作品を造ればすぐに結果はわかることであるが、こうしたことも含めて断面の形状と外形といったものの関連を検討する上にも肉厚の表示は必要である。工業デザインではかたちということがテーマになってくるために、薄肉材の場合も含めて極力肉厚の表示は全線のダブル線で描いて欲しい。外形に表われてくる板の切口になる部分や、板を重ねて組立てていくときの重なり目のニゲの処理などがデザイン上の一つのポイントとなるし、そうした処理に対しては、かなり深く考えなければ製品も仕上りのきたない、生産性の悪いものとなってしまうにちがいない。

 プラスチックス成型品の場合には樹脂の種類や成形方法が重要な問題となってくる。インジェクションを使用する場合と、コンプレッションを使用する場合では樹脂の種類がちがうし、当然、均肉性、シンク、その他肉厚に対する考え方もかわってくる。インジェクションモールドをするときには均肉性ということが大切であり、製品のひけや外形へのひずみの出方などにも注意する点が多い。後者では均肉性ということにはそれ程気を使わなくてもよいが、圧力を高くするためリブのたて方などには気を配らなくてはいけない。その他、金型内部での樹脂の流れ方など、あるいは抜き勾配や割り方の問題、製品の冷却時に出るひずみ、強度上の点などについても十分考慮して製図を進める。そしてそれらが納得できるような図面に描きあげて提示をなすような態度が必要である。また、エンジニアサイドとの打合せや原価計算などをしなくてはいけない場合もある。

 また、陶器のデザインの場合などでは、製品を造るさい、かまどで熱している間に、多少たれが出たりして変形してくる時が多いがそうした加工途中での材料の動きなども、ある程度は事前に予測して肉厚を決定しなくてはならないし陶器というものの性質からも、他種の材料との組合せは精度の問題や後加工のむずかしさ等もあって、量産器具の場合にはあまり歩どまりがよくないのが現状である。

 使用するそれぞれの材料について性質や加工法などの点をよく考え、問題を解決して、無理のない断面形状のものを作図して表わすことが必要なのはもちろんである。断面図ではメカニズムのレイアウトなどもよく確認し各部の部材の構成がその状態にもっともふさわしい肉厚でなされているかが検討できるような図面を描かなくてはならない。


(4)アール部分の表示

 アール部分の表示ということは、断面図だけに必要なことではなく、外形図、組立図等を描く上にも重要なポイントの一つである。この場合、断面図に表現する上でとくに重要なことはアール部分の寸法表示であろう。デザインを進めていく上で決定しなければならない外形に出てくるアールがいくつかあるが、かたちを決定する上でとくに重要なアールとかたちの上ではそれほどシビアに考えなくてもよいアールとの2種に大別することができる。重要なアールについては正確な寸法を記入すると同時に、製品化されるところまで、デザイン管理を行なわなければいけないが、そうでないアールについては寸法の記入はわざと省いたり、あるいはAアールと指定してA=2〜5mmとその公差を記入したりして実際に製作図をおこすエンジニアサイドの人達 に、ものを造る側からの一番作業をしやすい寸法を決定してもらうという方法をとる場合もある。これらの方法というのはアール部分だけに限らず、直線部分についても使用してさしつかえないが、一般的には直線部分の処理の問題は比較的容易なので、加工技術などのうえでトラブルの割合多いアール部分の表示に関してはこういった方法をとってほしい。寸法表示の大切きや意味をよく考えもせずに、ただ、やたらに寸法を記入して、それを厳守するようにエンジニアサイドの人達に要求したりすると、工程が複雑になってきたり、生産性、歩どまり等が極端に悪くなったりすることがある。そうしたことを防ぐためにも、かたちを決定するうえから判断して必要な寸法、絶対に守ってほしい寸法を記入するようにして、あとのそれほど重要でない部分のアールについては寸法の幅をとり、エンジニアサイドの意向を十分に尊重し、加工技術面からの寸法決定ということで決定権をあずけるという配慮が必要になってくるのである。寸法記入の際、不要な部分のアール決定ということはエンジニアサイドとの慎重な打合せが必らず必要な事項になってくる。
第3図
3図 寸法指定をしないアールの表示法

(5) 材料の指定

 材料の指定を行なう場合にはクライアント側とも打合せをして、製品を造る工場の設備や能力などについても検討をしておくべきである。プラスチックスの成形設備がないところにプラスチックスのほうがよいというだけで大量にプラスチックスを利用したものをデザインしたりしては困ってしまうし、プレスが得意なところならばプレスを多く使った構成を考えねばならない。工業デザインというのはデザイナーの独断で進行させていけるものではなく、チームワークをとることが必要なのである。

 材料の指定はデザインを決定する上にだいじなことであり、材料のもつ質感と色彩がかたちにどんな影響を与えているかなど、各種の材料の特徴や加工法などについてもかなり広範囲な知識をもたなくてはならない。たとえば材料の使い勝手や板取りのことを例にすると板の定尺とか、ストリップのサイズなどにも注意を払わねばならない。特殊サイズの板を使用したり、無駄の多い材料取りをしてしまうようなかたちになったりすると、金額的にも時間的にもロスが多くなる。ただし生産量の多いものの場合には製品にあった大きさの板を特注で造らせたほうが無駄が省ける場合がある。

 このようなことをいろいろ考慮した上で、図面に指定をするのだが、材料の部分から引出線を図形の外側まで出し、imgといった部品番号を記入する。そして摘要欄の材料の項に材料記号を用いて記入するとよい。ただしプラスチックスその他、JISで記号の定まっていないものについてはこの限りではない。

 なお、部品番号の○印の大きさは10mm〜12mmくらいが適当である。そして○印は、水平、垂直線上に配置してきちんと揃えたほうがきれいに見えるし、読む側にとっても親切である。

第3図
4図 材料の指定法

(6)寸法記入について

 寸法の記入は何のため、どういう目的で寸法を記入するのか、また何の図面なのかということも考えてほしい。計画図や組立図には寸法をなるべく記入し、各部品の相互の関連などについても正確に数値として把握できるようにしておいたほうがよいが、断面図や外形図への寸法記入は必要な最少限の寸法に押えておいたほうが感覚的な面を重視されるかたちの必然性についてはっきりと知ることができる。また図面を見る人の側から判断しても、実際に製造ということにタッチしていない人の場合に寸法があまりたくさん描いてあると自分の必要なことの範囲からはるかに飛びだしてしまって、かえって繁雑さが増すばかりで、読みとりにくくなってくるが、エンジニアサイドで製作図を起こし、生産を行なっている人達にとっては寸法が少なすぎるとデザイナーのイメージを受け取りにくくなって、かえってデザイナーのイメージとかけはなれたものを想定してしまうことも生じてくる。なお、通常はあまり記入しないが、場合によっては工作上の公差、誤差の範囲を記入したり、仕上記号なども加えるときもあるが、このようなときには一応、機械製図に準ずるのがよい。寸法記入は重要なことなので、よくその表わそうとする意味を考え、必要で十分な寸法を正確に指示する必要がある。製図の場合、図面に表われる図形の上での長さと、寸法数字で指示された長さとの間にズレがあったときには寸法数字のほうを取るという定まりがある(だからフリーハンドで描いた図面がそのまま図面としての価値を持つのであるが)ので、記入する寸法については、よりいっそう慎重な検討を加えたうえでまちがいのないように記入し、さらに検図をしなければならない。また、寸法記入上の注意を二、三、あげてみると、まず、寸法の記入は図形の多いこするということである。図形の中に寸法数字が記入されるともののかたちが判断しにくくなるため、やむをえないとき以外は避けるようにしたい。次は寸法の記入もれであるが、それによってエンジニアサイドの人たちが非常に困ることになるのでしないようにしたい。次は記入文字はきれいに、よみやすく、ていねいに描くこと。ただ判読に時間をとられて工作の時間がおくれるというだけではなく、美しくみせるという工業デザイナーの態度からもそれてしまうことになる。

 寸法の記入は正確に、きれいに、わかりやすく描くことである。

第3図


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