視覚構造の基礎概念について
下村 千早
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 視覚現象における構造と、その他の構成因子との外的関係を論じたわけであるが、さらに一歩進んで構造をその中心として事象を考察してみよう。構造は集合の要素の相互の関係、要素の全体に対する関係であり、その存在によって視覚現象は有意味に形成される。もし要素の集合が、他の集合と写像関係を設定されるとき、それら相互の視覚現象の相異を区別する要因は、各々の集合に与えられる要素相互の関連の性質=構造の相異であるといえる。「固体にその多様な特性を与えているものはその原子の結合の仕方である。」換言すれば、要素相互の配置図形=構造が同型であるならば、或る視覚現象が他のそれと区別されるためには、要素の個別的本質の相異に依存している。そのような現象は、性質の異る要素の変換によって形成される同一構造をもとにする可能態=様相 aspect である。構造の相異は、要素相互の関係配置図―それは或る意味で図形配置の状態を、或る意味ではその形成過程を顕示しているものであるが―の一対一応と、関係配置図の全体への作用する機能の相異によって知ることができる。ここでわれわれは言葉の指示する意味の問題に直面している。「名と意義、音響的な形と心的内容、象徴と指示の間に行なわれるこの相互関係が語の「意味」meaning なのである。それゆえ意味の機能的定義は次のようなことばで下すことができる。意味とは名と意義との相互関係であって、それによって両者は互いに喚起しあうことができるのである。この定義は意味を静的な概念から機能的な概念に変えてしまう。意味は関係となり、従ってその本質は動的なものとなる。」S.Ullmann、したがって、構造の相異とは、結果的には要素相互の配置結合の状態の相異であり、過程的には、要素を結合置換するときの操作方法に与えられる法則 order の相異でもある。操作方法を規定する法則とは、構造概念に含まれている下位概念である。厳密に規制されたる純粋な要素、―要素それ自身においても変位的に同一性を持続し、他のものとそのあらゆる側面において相互に全く同一である要素―相互のみに、あるいは相互に適合可能な構造は、純化されている故に普遍的であるので、あらゆる視覚現象の基本的形態としての構造、すなわち構造の構造であると、私は経験的に推測している。

 一般的視覚現象の要素への分化と、復合的結合状態にある配置関係=構造の理解は、明確な抽出分析と再構成が可能なほど容易なものではない。しかし、視覚現象の理解と形成に集合論を導入すること、構造概念を導入することによる視覚的対象の深い理解と、その形成のための自由度は、偶然的にのみ作用する感性のそれ―一つの個別的対象についてだけに一度だけ可能な理解―に比較すべくもない。

与構造は位置と回転の変化を規定する。ここの要素=線材は、二つ組合さって面の性質を示す複合的要素として使用されている。二つの要因の故に、連続は中心を空けた形態を形成する。これから植物、動物の成長形態の要因が二つ以上の力の複合的作用であることの論証がおこなえる。
図-7
    図-7

視覚構造の様相

 われわれが関与する視覚対象は、Kepesがその著「The new landscape in art and science.」の中で見せてくれたように広大で奥深い。われわれに対してそれらの対象は、他の新しい多くの領域からの情報と共に、視覚的対象の情報は、認識という網を透して映された形態を見せている。われわれは、あらゆる視覚現象の中に構造を見い出すことが可能である。それらの一般的構造は、基本的構造に還元することができる。そして構造の比較研究、分析研究、実験研究は視覚現象研究の新しい一分野となる。ここで私は、構造についての研究と探究を最も先鋭的に進めている─実験=制作と理論化を交互に、あるいは並行して行なっている、このことは最も重要なことであるが―「具体芸術」concrete art の例を見つつ構造の諸様相についてふれてゆこう。その結果示されるものがあらゆる造形の分野、およびそれを超越して自然の分野へまでも適用可能であることを確信している。

 Kepes編著「Stracture in art and in science」の中の「concrete painting as structural painting」という論文の中で筆者M.Staberは、構造のありかたを造形制作の観点から二種類に分類している。

 Staberは一つに、イメージによって統合される構造をあげている。ここで使用されるイメージの意味は、視知覚的感覚あるいは経験すなわち、視知覚的次元の範囲内での概念を示すものとして使われている。視的事物に対するイメージから形成される視覚現象の構造は、視的概念―事物のあるいは事物についての表象の定形象化にする―が指示する対象の構造と三次元空間=視知覚的次元を媒体とする一対一応によって関連形成される。そのような視覚現象は明らかに視的概念が指示する対象と感官知覚という範囲内で、事物との関係の類似という点で、構造が同じである。イメージに対応させることによって生れてくる構造を使用する芸術家として、クレー(P.Klee 1879-1940)の作品と言葉がある。「組合された形象とは相互に連関する線で描かれた面のようなもので、それはたとえば入り混ってすいすい泳いでいる魚群にみられる。」「造形作品がわれわれの眼前で次第に広がってゆくと、一種の連想作用がその作品につけ加わりやすく、その連想作用が誘惑者の役割を演じて、絵の主題が解決されることになるのです。」クレーにとって、イメージ=視的像は、形体の発生を促す概念なのです。そのような視覚現象にみられる構造の秩序が、或る視覚的観念の全体によって決定されるのです。ここで使用されている秩序とは、構造概念に含まれている一つの因子で、要素間に或る関係を規定すると構造が決定されるが、そのとき整った概念としての関係を規定することを、また秩序を与えるともいう。構造を集合に決定的に結びつける力としての秩序が視知覚的観念としての構造に依存する視覚現象を、イメージによって統合されている現象という。しかし、そのような視覚現象の構造および集合は、純粋に造形的に具体的に使用されているとは言い難い。明らかにそれは構造という点で再現的であり、「制限された形態」である。そのような事象の集合に含まれる要素は、要素が本来あるところのもの、それの本質はなにか特殊な事態と連関してのみ理解されるという点、すなわち要素が関係的本質を有するという点からすればあるいはまた、イメージのもつ構造に連関することによって事象が個別的性格を獲得するという故に、すなわち要素が具体的、視的な対象を指示しないからイメージに決定された構造が、その視覚現象の意味の重要なる部分を形成しているという点からすれば、それは視知覚的対象の構造と類比的関係をもつということができる。したがってそのような要素は、対象の視覚的代理物の一可能態であると考えられる。造形的要素と構造によって自律的に形成される真なる視覚現象としての集合と構造は、情報伝達をその機能とする諸媒体の性質の自然な適合をその合理的、理論的結果とするならば、構造においても、真に造形的である要素相互の関係を現わすべきで、再現的関係を示す必然的理由はなにもない。造形活動の対象であり、また造形活動によって達成される視覚現象の集合と構造は、造形的であることのみによって可能な事象の表現にのみ携わるべきであろう。そのことによって視覚現象の領域は、新しい世界像の探究者の一員となることができる。そのとき、その視覚現象の集合と構造は、より自律的となり、より具体的となる。その自律的力と作用限界を知ることによって、造形の領域あるいは視覚現象の領域の意味を真に知るのであり、そのことによって造形の領域に作用する他の領域の力との相互間に造形要因を正確に組織づけることができる。すなわちデザインの本来の意味に従った思考を可能にする。「具体的、すなわち抽象絵画ではない。線、色、面以上に実存的で具体的なものはない。例えば、画布上にある女性、牛、木は具体的であろうか。否、女性、木は自然の状態の中で具体的なのだ、画布上では、女性、木は線、色、面よりも抽象的で、錯覚的で、未決定で、思弁的である。」Doesburg

 二つに、諸要素相互の関係すなわち具体的造形要素の結合置換によって構成される構造が視覚現象の主体をなす「直接的構造」があげられる。そのような視覚現象を形成するために、要素はより単純で、より純粋で、より普遍的なものが使用される。何故なら、そのような要素の選択によって構造はより直接的に示される。そのとき視覚現象は、構造においても要素においても、すなわち全体においても他の意味領域に依存しない。全体、集合、構造すべての要因は再現的でなく、類似的でなく、比喩的でもない。何物にも依存しない造形の分野の組織の内での、要素の置換結合の仕方によって直接的構造に秩序が与えられる。Staberは具体的諸要素相互の関係による直接的構造を、そのありかたに従ってさらに二つに区別して考察している。しかし、その分類の仕方はすこし曖昧であるように私には思える。何故なら、彼女は、一つを非常に厳密に遂行された構成と呼び、他方をより表現的、あるいは表現主義的考察に動機づけられた構成として区分している。その分類は、外面的形式、解説的、あるいは作家の制作態度による分類であって、視覚現象に含まれている因子の内的分析から得られた分類ではないように思える。それゆえにそれはより客観的であるとは言い難い。私はここで、彼女がさらに二つに分類した諸要素相互の関係による直接的構造を、次のような分析にもとづいて、三つの類に別けて考察をする。

図-8 図-9
図-8   図-9
与構造は要素=点の位置の変化を規定する。線材は点材として考察され高低によって曲面を形成する。点は赤と青の点が2システムに置かれ、重複面を形成している。
図-10   図-11
図-10   図-11
与構造は要素=線の位置と回転の変化を規定する。線の集合は曲面を形成しその集合の上下層としてでなく放射状の配置が全体集合を構成する。
図-12  
与構造は要素=線の長さ、位置、回転の変化を規定する。曲線は線材の一様相である。
図-12    
図-13   図-14
図-13   図-14
与構造は要素=立方体の位置、回転、大きさの変化を規定している。全体は構造そのものをよく示している。両作品とも同じ要素=立方体は、できるかぎり立体的なものとして扱かわれている。たとえ立方体が線材でできていてもその造形的使用方法によっては面的、平面的であったりするし、ボリュームとしての立方体より、より立体的なものとして処理、表現することも可能である。立体を真に立体的性質をもったものとして使用することはむつかしい。


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