ブックタイトル桑沢デザイン研究所教員研修会研究レポート2014

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桑沢デザイン研究所教員研修会研究レポート2014

いことに気づく。大音量の音楽は、王子が自分の声を聴かずに、発声するために用いられていた。言語聴覚士を信頼するに至った王子は、彼の元を再び訪れ、体験したことのない不思議な治療を、今度は少しずつ受け入れていく。「鍵泥棒のメソッド」と「英国王のスピーチ」では、一方で音楽が身体から記憶を喚起し、他方で身体から症状が生まれるのを抑制するメディアとして利用されている。前者では聴取することで過去の自分自身のことを想起し、自分が何者であるのかを了解させるのに対して、後者では自分が生み出す音声をかき消すことで、流暢に話すことができない吃音者であるという自意識や自己認識を、いったん忘却させようとする。ここではいまの私と過去の私とのあいだを再接合すると同時に、これまでの私といまの私のことを分離するという、音響が複数の「私」のあいだで実現する、相反する働きが注目されている。5.上記を簡単にまとめよう。第一の研究プロジェクトである課題「映画の観察」のなかでも、音響に関わるメディア・モノ利用を中心に、受講者による報告やレポートから得られた知見をとりあげた。第一に身体と環境のあいだで働くメディアとして、物音やリズムの響きなどの音は環境のイメージを強く喚起させる。第二に他の身体とのあいだで働くメディアとして、声や鼻歌などの音が意図の有無を問わず、結果として情報の拡散や漏洩を生み出す。第三に自らの身体における複数の「私」の間で働くメディアとして、音楽が過去の「私」の記憶を喚起することでいまの「私」と再接合すると共に、これまでの症状を伴う「私」のことを分離する。このように音響に関わるメディア・モノ利用だけに限定しても、これだけ多様な利用法とそれを通じたさまざまな媒介のあり方、またそれが実現する出来事の様子を微細に観察することができる。創造的なメディア利用の観察は、課題に取り組んだ受講者にとっては、工夫や知恵を見てとり評価するリテラシーを培う機会になる。また彼ら・彼女らと共に生み出す記述は、そのまま「鑑賞」するだけでは通り過ぎてしまう創造性、工夫や知恵をより広く、誰にも共有可能にする。同じようにそのまま「鑑賞」するだけでは通り過ぎてしまう創造性にいったん立ち止まるために、昨年度から第三のプロジェクトに着手している。スタジオジブリ作品を素材に「受容経験」にみられる創造性をふり返るという新たなプロジェクトは、村上春樹の小説を素材に活字メディアを他のメディアやモノへと再創造・再改造するという、「リクリエイション(re:creation)」と名づけた課題の延長線上にある。6.これまでの再創造・再改造する課題のポイントは、通常の趣味の読書以上の深さで読解し、作品世界と深く関わるために、世界そのものや世界を構成するさまざまな要素を可視化・物質化し、体感できるようにすることにある。小説内で引用される手紙を実際手書きし、部屋に飾られた絵画を描き、主人公が訪れる図書館を模型にする。また作品世界での登場人物と同じ体感を得るために、小説の舞台の四ツ谷から駒込、野方や二俣尾を歩くフィールドワークもおこなった[注4]。新たに開始された第三のプロジェクトでは、深く関わろうとする作品世界の表現メディアが、小説という活字メディアからアニメーション映画という映像メディアへと変化した。村上春樹の長編小説をすべて扱い終わったことを受けて、次の素材を二十歳前後のゼミの参加者と共に探したところ、その多くが共通して触れたことがあるという理由で、スタジオジブリ作品が選ばれた。活字メディアである小説の受容が、より意識的で構築的な「解釈」であるとすれば、映像メディアであるアニメーション映画の場合は、むしろより無意識的で感応的な「編集」として捉えられる。また参加者の多くが特定の作品をくり返し「反復」して鑑賞した経験があるということも判明し、「編集」と「反復」という条件が重なった結果として、記憶を手が6