浅葉克己 渋谷の桑沢>

2019.03.121.渋谷という「谷」

地下鉄が頭の上を走る

 東京のシンボルの一つ、国際色豊かなスクランブル交差点と渋谷駅。そこにつながる道は、高低差20メートルの道玄坂や宮益坂をはじめとして、すべてが坂道です。渋谷駅はすり鉢状の中心にあります。地下を走るはずの地下鉄が、私たちの頭の上を走りビル3階に入っていくのは、青山という小高い丘の下を抜けたところが、渋谷という谷だから。この周辺にアップダウンが多く、坂・山・谷のつく地名をよく目にするのはそのためです。起伏に富む土地と、その形に適応してつくられてきた街、それが渋谷です。

川と海が彫刻した台地

 変化し続けるこの街の骨組みをつくったのは、自然の川と台地でした。
 台地の基礎となったのは、約180万年前から1万年前までの間に、東京の西側、奥多摩の山から流れてきた古多摩川が運んだ土砂でした。その上に噴火した富士山の火山灰が厚く降り積もり、赤黒い(関東ローム)層が重なりできました。
 約2万年前、海水面が100m低下して東京湾が陸地化します。すると湧きだした水が川となって台地を流れ、谷を刻み始めます。氷河期が終わると海面は再び上昇し、一時は渋谷駅よりも高い海抜20mまで水没した時期もありましたが、3000年前頃から再び水面が低下します。流れる川が時間をかけて地面を浸食し、大きな台地を分割して、現在の渋谷の台地ができていきました。

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すり鉢の底は スクランブル交差点

「赤く渋い色をした川の流れる谷地」という意味がある「渋谷」。川底を削っていく水流が、鹿の角のように複雑に谷間を刻みました。削り残された山や坂の上に、人びとは住まいやお墓をつくり、湧き水を活用して田畑をつくりました。水車がまわり、街と街道ができていきました。時がたち、川は蓋を閉じられ、暗渠★あんきょ★となって道路や線路へと姿を変えていきましたが、その筋と谷の窪みはそのままなのです。
 渋谷駅の方へ、心地よく下っていく道玄坂と宮益坂。この繁華街のランドスケープも川がつくったものです。今でも新宿御苑の玉藻池に始まり、神宮前・原宿を抜け、そしてキャットストリートの下を流れ、渋谷・恵比寿を通り東京湾へと抜ける渋谷川。勾配の少ない台地をとうとうと流れていた渋谷川が削った両側が、坂になっていったのです。
 スクランブル交差点こそ、渋谷川がもっとも深く地面を削りとった自然がつくったアリーナとなっています。現在は、流れ込んだ水の代わりに、ビルと巨大なデジタル画面に囲まれて世界のさまざまな人が集まっています。

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