ブックタイトル桑沢デザイン研究所教員研修会研究レポート2014

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桑沢デザイン研究所教員研修会研究レポート2014

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桑沢デザイン研究所教員研修会研究レポート2014

き出しにくいことも、それ自体で考察する価値がある。むしろ円滑に没入させるような仕掛けや工夫のためにうまく書き出せないのかもしれない。例えば雨が降るなかでバス停で父の帰りを待つさつきが、メイを背負ったまま、トトロと初めて出会うシーンがある。傘をまるで楽器のように扱い、落ちた雨だれの音を愉快そうに反応するトトロの姿は、特に印象に残りやすい。しかしながら、初めて出会う場面で用いられている音は、改めて観察すると、それだけではない。これから何らかの出来事が起きるということを、音が映像に先行して予告している。傘が視野の大部分を遮っているさつきは、先に何かが近づく音を耳にする。次いでふさふさの体毛とそれを掻く鋭い爪が現れ、見上げるとトトロの全身が目に映る。このような鑑賞時に目に映り耳にしたディティールの積み重ねは、簡単にはことばでは拾いきれないため、時間を経た後に記憶として書き出すのも容易ではないだろう。同じように誤って書き出したり、描き出したりしたことにも注目しておく必要がある。あまりに強く関心を惹かれた効果として、実際には確認できない出来事や直接には観ていないイメージが捏造されたのかもしれない。いわば脳内で勝手になされた誇張や追加も、知覚されたディティールの積み重ねの効果として、生み出されているのかもしれないからである[注6]。[注]・注1 :拙論「いつもと異なる仕方で観る―『視点が変わる』ための映画メディア利用」(桑沢デザイン研究所『研究レポート』41号、2013年)ならびに「メディア・モノ利用の創造性―『映画のなかのメディア利用』研究(その2)」(同上、40号、2012年)、「『映画のなかのメディア利用』研究―『世界の中心で、愛をさけぶ』を素材に」(同上、37号、2010年)を参照。・注2 :本稿の構成として、本文では上記の第一と第三の研究プロジェクト、多様なメディアの「利用法」を解明するための「映画の観察」と、「受容経験」をふり返るための「記憶レポート&スケッチ」を中心にとりあげる。そして第二の「制作者」の問題意識を知るための「実験的利用」に関する見学調査は、本文の記述をおこなう際の参照事例として注釈でとりあげる。紙幅に限りがあるためで優先順位の問題ではない。第二の取り組みは、第一と第三のそれと比べて、より多様なメディア利用を視野に収められるために、第一と第三の取り組みを進める上で、重要な参照先やいわゆる「引き出し」になっている。・注3 :第二の研究プロジェクトにあたる見学調査でも、近年では音響に関わるメディアの実験的利用の事例を数多くみることができた。例えば音声を介して、いまここに居ながらにして、異なる環境イメージを喚起させるのがスーザン・フィリップス「カッコウの巣」(「札幌国際芸術祭2014」札幌芸術の森野外美術館、 2014年)[図I-1・I-2 :有泉正二撮影]。森の中で四方に設置されたスピーカーから、西洋中世期の輪唱曲の歌声が断続的に流れる。中毒性の高いフレーズが四方から反復される内に(シング・クックー)、いつしか身を置いている現代の森が、かつて存在したかもしれない、どこか呪術的な意味のベールに覆われた幻想空間へ変容する。また身近にある日用品によって生み出された物音を介して空間イメージが造形されるものとしてセレスト・ブルシエ=ムジュノ「クリナメン」(「アートと音楽」東京都現代美術館、2012年)[図J:公式サイトから引用。http://www.mot-art-museum.jp/music/celeste-boursier-mougenot.html]。青い円形のプールの上に、大小の白い器が水流によって漂い、ランダムに接触することで、ガムランにも似た響きを生み出す。ここでは日常的に用いられる既製品としての器が、改めて楽器として利用されている。音を介して涼やかな風の存在を意識させる「風鈴」にも似て、水の動きを意識させる「水鈴」の心地よい響きが空間を充たす。さらに既製品を用いながら、さまざまな物音の存在に関心を誘う事例として、スティーブン・コーン9