ブックタイトル桑沢デザイン研究所教員研修会研究レポート2015

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桑沢デザイン研究所教員研修会研究レポート2015

図A.「クリアアサヒ糖質0『満足男!夏の満足実況』篇」図B.「クリアアサヒ糖質0『満足男!夏の満足実況』篇」ちと徹夜で仕上げることで、社運をかけた見本市への出品に間に合わせるという展開が生まれていた。レポートでこのようなメディア利用の工夫をとりあげた後、ある日、テレビでコマーシャルを眺めていると、同じように意図せざる音漏れあるいは作為なき情報の漏洩を実現するメディア利用を通じて、出来事・事件を生み出す表現が目に留まった。そこでは夏祭りの広場に、誤ってスイッチが入った場内放送を介して、ビールを飲んだ人の「のどごし」の音が響き渡り、場内に居合わせた人たちもイメージを共に体感し、忘我する様子が映し出されていた[注4]。ビールの広告として商品の魅力を訴求する際に、「のどごし」の音を聴かせるという手法そのものは、それほど珍しいものではないだろう。しかし、それが意図したことではなく、たまたま誤って肘をぶつけて機能してしまったPA装置を介して響き渡るというプロセスを描くことで、本人はただビールを飲む歓びに浸っているだけで、そこには特別な意図は存在していないことが明示されている。「のどごし」の音を聴かせたいという作為はないにもかかわらず、響きを介して喚起されたビールの「のどごし」の体感に、周囲の人も自然と誘われており、視聴者も自らの姿を自然と重ね合わせるように誘われている[図A,B:YouTube「アサヒグループ公式チャンネル」より引用]。少しだけ思考実験を試みてみよう。「キンキーブーツ」では、スイッチを入れるのは、たまたま居合わせた機転の利くデザイナーである。このシーンでは若社長はデザイナーの機転によって窮地を救われるという、彼との友情・友愛を描くのに重要な出来事が生まれている。もしも二人の関係を描く必要が特になければ、テレビ広告に登場する人物のように、若社長が誤って自分自身でスイッチを入れたとしてもかまわないはずである。ただし、若社長本人が意図をもって婚約者と言い争う様子を、密かに従業員たちにも聴かせようと、本人が意図してスイッチを押した場合には、観客の目に映る若社長その人の印象は、まったく異なるものになるに違いない。そう考えると、主人公のパーソナリティとはおよそ相いれない狡猾さを見てとられることがないように、スイッチを入れるのは結果として本人自身であったとしても、やはり誤操作等の無作為でなければならないだろう。さらにテレビ広告で作為なく響き渡るのは、「おいしい」「うまい」など、商品の情報を明らかに伝えるための声ではなく、飲むという身体的な行為に付随する結果として、たまたま生み出される「のどごし」の響きである。それは商品の体験を表現するものであり、テレビの視聴者に対して、メッセージの意識的な理解というよりも、半ば無意識的で身体的な共有を誘っている。こうして考えてみると、「キンキーブーツ」と「『満足男!夏の満足実況』篇」は、いずれも音響メディアの利用を通じて、意図せざる音・響きの漏洩という出来事が生み出されるという点で、アイデアの核が共通している。また映画作品とテレビ広告というそれぞれのジャンルの表現として適合的であるよう17