ブックタイトル桑沢デザイン研究所 教員研修会 研究レポート No.44 2016

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概要

桑沢デザイン研究所 教員研修会 研究レポート No.44 2016

36具体的な教育によるイメージビジュアルの考察辻原 賢一 | ビジュアルデザイン担当Kenichi Tsujihara人はどういう仕組みでモノを見ているのか? 現在のビジュアルデザインの教育でイメージビジュアル作品創りを指導していると、必ず衝突する壁として「いい作品、評価する作品とは何か?」それをなるべく言語化してあげないと、評価する側の好みの作風やその日の気分など情報を受け取る側は混乱をおこしてしまうことに繋がる。イラストレーションや写真など「表現系」の勉強にはつきものの課題であるが、双方の共通認識と成長段階の経過を管理するためにも、因果関係の源流をたどって根源的な考えを持ってなくてはならない。 その源流で、そもそも人はどのような仕組みで視覚感知しているかも知っておく必要がある。人間の視覚感知をデジタルカメラに喩えてみるとセンサーはフルカラーで、人間の目の網膜には色を認識するために赤・青・緑に反応する錐体細胞、それぞれ固有の光の波長を感知するタンパク質を電気信号に変換して、脳の視覚野へ送られ、統合され、フルカラーとして認識される構造になっている。こうしてみると、人間の目の視覚というのはかなりデジタルの考え方の設えに近い。細部の像の見え方は実は曖昧だが不自然とならないよう自然とセッティングされているのだから生命の仕組みは本当に驚かされる。また、ピントという視点で考えると、ピントが合うのは厳密には一点箇所で、視線を動かしていって全体像を抑え脳内で全体がピントがあっているように感じている事実も留意しておきたい。全体がピントが合っているように感じているのは錯覚で、全体が見えていると自身で上手にだましていることになる。さらに言えば視点の流れを無意識でも運動しているということは、目の前の一つの画像を見る行為は、その人自身の「見たい情報順」に時間軸をつくって部分部分の編集をしていることになる。よく映像にもあるが、美女を足下から映していくのか、顔から映していくのか、無数に撮り方はあるが、目的によって撮る順番があり、その順番によってイメージが決定づけられることを思い浮かべてもらうと合点がいくだろう。一枚モノの絵、あるいはポスター的なものであってもその中に構図があり、心地よく見れるポスターが明らかに存在するのは、以上の理由からも分かる。昔、葛西薫先生が一枚のポスターに「人の視点が気持ちよく流れる順番を考慮してレイアウトした」とおっしゃられたことがあったが、非常に高度なことをしているなと思ったものである。その視点の順番は見る人の興味のある順に操作されているという考え方で制作することは、「イメージは作り手側でコントロールできるし、イメージの質もある程度は数値化や言語化できる」ので、感覚やセンスという言語化できないものを育てるということではなく、具体的な指導で教育が可能になるということである。 つまり人の無意識をコントロールし、興味を持たせ、よりよいイメージを植え付けるまでをデザイナーが具体的におこなえることを意味する。そこのところを共通認識とし発展させていくと必ず学習成