ブックタイトル桑沢デザイン研究所 教員研修会 研究レポート No.45 2017

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概要

桑沢デザイン研究所 教員研修会 研究レポート No.45 2017

縁は、物理的にも時間的にも分かれてゆく。「取り外しできる額縁」の時代である。額縁と切り離されて身軽となった絵画は、コレクターのあいだでますます盛んに交換されるようになった。一方、絵画から離れた額縁は、自立した工芸品として発展するとともに、コレクターの趣味に合わせて交換可能なものとなった。かくして移動と交換によって欧州各地に大規模なコレクションが形成されてゆく。また、ルネサンス以降の人文主義とフランス革命以降の啓蒙主義というふたつの思想が興隆するのも、この時期である。それまで権力や財力を持った一部の好事家の好き嫌いによって収集されていた「宝物」から、公共の学術の対象として書籍と同列に扱われうる「芸術・美術」が選り分けられる。そして、これらを「図書館」と同じように体系的に分類整理して公開する「美術館」という考えも生まれる。こうした選別と公開によって「芸術・美術」という抽象概念が成立したのである(5)。「美術館」はデータを重視する科学的な方法によって「芸術・美術」を研究することを志向した(6)。そのため、絵画研究の対象は制作年代や制作方法、そして作者と直接関連する作品に限定された。その一方で、展示空間の都合で自在に交換できる額縁は「附帯的な装飾」と見なされ、研究や保管の対象から除外されてしまう。美術館が額縁のデータを管理していなかったり、額縁がカタログの図版に掲載されないのはそのためである。絵画制作者による額縁の軽視にも、同様の背景があると思われる。1.2ジンメルの額縁論──可視化された絶縁とその消失──次に、社会学者であるゲオルグ・ジンメルの『額縁論──ひとつの美学的試み(1902年)』を参照しよう。ジンメルにとって、額縁すなわち〈中間領域〉は、芸術作品の内部と外部の落差を段階的に埋めるものではない。それは内部と外部との「絶縁」を目に見えるようにしたものである。ジンメルによれば、芸術作品は、私たち鑑賞者が生きる物的環境(彼はこれを「自然」と総称するが、ここでは「現実」と呼ぼう)から、きっぱりと切り離されていなければならない。なぜなら、現実がさまざまな相互作用の総体であるのに対して、芸術作品は「自分自身の本質から出た法則にのみ規定される」世界として自らを「閉ざす」ものだから(7)。さらに、現実が私たちの世俗的関心(さまざまな欲求)の対象であるのに対して、そうした関心からの「距離のなかにおかれてはじめて芸術作品は美的享受の対象となる」のだから(8)。しかし一方で、芸術作品は、現実を構成する物体のひとつに含まれなければならない。そうでなければ、そもそも私たちの認識の対象とならないだろう。つまり表象と現実(芸術と自然、作品と展示環境とも言い換えられる)は、分離されなければならず、しかも結合され(共存し)なければならない。こうした矛盾を媒介するためにこそ額縁が必要になるというのである。額縁の役割が明瞭になるとともに、その重要性が減衰する場合もまたはっきりする。第一に、作品のサイズが大きい場合である。鑑賞者の視野におい66