ブックタイトル桑沢デザイン研究所 教員研修会 研究レポート No.45 2017

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概要

桑沢デザイン研究所 教員研修会 研究レポート No.45 2017

て作品の専有する部分が大きくなれば、周辺にある現実の品々に埋もれてしまうことなく、したがって額縁による両者の分離も弱くてすむ(9)。第二に、作品固有の内的統一性ないし完結性が乏しい場合である。それは芸術というよりも「一片の自然」すなわち現実にある任意の物体に近い存在であり、ことさら周囲の環境から切り離す必要がない。このようなとき、額縁は不要であるばかりか暴力にすらなりうる(10)。そして第三に、各作品よりも、作品と作品との関係、あるいは作品と展示環境との関係が全体として把握されている場合である。芸術作品と現実との矛盾は、個々の作品につけられた額縁によってではなく、それらを包括する「機構」によって処理されるから、額縁の視覚的効果は少なくてよい。ジンメルはこれを「進歩」として評価する(11)。この額縁論が書かれてからわずか10年のあいだに、美術の状況は額縁の必要性が減ずる方向へと急速に展開する。絵画は内的統一性や完結性を自ら批判し、一度は閉め出したはずの外部環境との直接接触を模索し始める。たとえば、キュビスムはそれまで絵画の表象空間を統一していた透視図法を廃棄し、コラージュによって現実の物体を絵画の内部に直接持ち込んだ。やがて純粋な(非対象の)抽象絵画が出現すると、単純な形体と明瞭な色彩が生み出すリズムによって、絵画の内部と外部は連続してゆく。分かりやすい例として、モンドリアンの「コンポジション」シリーズが、のニューヨーク近代美術館に展示されている様子を思いだそう。表象(作品)と展示環境(現実)があらかじめ「機構(インターナショナル・スタイルと呼ばれる様式)」によって包括されているならば、媒介たる額縁の役割は軽減される(12)。その後の展開でも額縁の存在が大きくなることはない。たとえば、アクション・ペインティングやカラーフィールド・ペインティング、そしてミニマル・アートと呼ばれる動向は、表象であることよりも現実(一片の自然)であることを指向したから、額装も最低限にとどめられる。さらに、ポップアート、コンセプチュアル・アートにおける絵画は、額縁の有無以前に作品と現実とを分離する制度そのものを問題視する。かくして、20世紀の後半までに額縁の視覚的存在感は著しく後退する。絵画の展示において、白く塗られた大きな壁面(ホワイトキューブと呼ばれる、あらかじめ意味の排除された中立的な場)に、額装されない作品(あるいは自然の一片、社会の一片、思考の一片というべきか)が並ぶ風景が一般化する。やがてこの展示風景が制作者に内面化され、制作の到達点と見定められるようになったと考えられる。1.3培相シリーズにおけるフレームの意味──開かれた状態から閉ざされた状態へ──最後に、自作(「培相」シリーズ)におけるフレームの意味について、これまでの考察で得られた概念を使って説明したい。ジグソーパズルであればピースが隙間なくつながっていなければ完成とはみなされないが、「培相」67