ブックタイトル桑沢デザイン研究所 教員研修会 研究レポート No.45 2017

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概要

桑沢デザイン研究所 教員研修会 研究レポート No.45 2017

は画面に大きな空白を残したまま完成を迎える。〈描かれる領域〉にある空白が適切な形状へと導かれるにつれ、新たに加筆できる余地は減ってゆく。やがて〈描かれる領域〉全体が加筆を拒んでいると感じられるようになるとき、これを〈閉ざされた状態〉と呼ぼう。一方、〈描かれる領域〉が限定されず、拡張や変形が止めどなく可能だとすれば、画面はいつまでも閉ざされない。加筆の余地が新たに供給され、描線がそこに次々と加わることで多様な形が絶えず生み出されてゆく。これを〈開かれた状態〉と呼ぼう。培相の制作プロセスは意図的に〈開かれた状態〉を作り出すことから始まる。〈描かれる領域〉は特定の形をもたず、しかもグラフィック・ソフトのレイヤー機能のように幾重にも重なっている。第一の層に描線a、b、cがあり、第二の層にd、e、fがあり…というように描線の所在も複数の層へと分散している。そこで各層を動かすと、第一の層の描線bと第二の層の描線fが面白い形を生み出したとする。このときは新しい層を用意し、その層の上に描線bと描線fを転写する。こうした操作を繰り返すことで、きわめて多様な線の組み合わせを発生させることができる。しかし、〈開かれた状態〉のままでは、いつまでも作品が完結しない。そこで〈描かれる領域〉の限定が必要になる。これをグラフィック・ソフトにたとえれば、画面サイズを決定してレイヤーを統合することに近い。このような〈描かれる領域〉の限定が節目となって、制作は〈閉ざされた状態〉を目指す方向へと転回する。つまり「培相」シリーズにおいて、額縁は描画の前に準備される基底材はなく、また描画の後に追加される装飾でもない。それは制作プロセスの中盤において、その方向が〈開かれた状態〉から〈閉ざされた状態〉へと転回する契機なのである。2問題の限定と解決策の考案──作品を〈閉ざす〉2つの所作──先に20世紀の絵画史を振り返って確認したとおり、今日の絵画において作品の内部と外部とを視覚的に絶縁する必要性はけっして大きくない。とすると、制作の後に作品の外から付加した額縁は、たとえ保護の機能があったとしても、単なる装飾と見なされかねない。「暴力(ジンメル)」とまではいわないが、そのような見え方は避けたい。しかし一方で、フレームの導入によって〈描かれる領域〉が確定されたことで、個々の作品は〈閉ざされた状態〉に至っている。この「完結性(ジンメル)」は、何らかのかたちで示しておきたい。こうしたジレンマに対応するために、制作プロセスの中に作品を〈閉ざす〉ための所作を組み込み、それによって作品の完結性を担保できると仮定したい。ジンメルにおいて額縁は、作品の内部と外部とを視覚的に、そして一挙に絶縁する装置であった。これに対して培相では、作品を〈閉ざす〉ことを意味する所作を段階的に重ねてゆくことで、それに代えようというのである。68