ブックタイトル桑沢デザイン研究所 教員研修会 研究レポート No.45 2017

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概要

桑沢デザイン研究所 教員研修会 研究レポート No.45 2017

は次の演目に向けて衣装を着替え、メイクを整える。それは照明をやや暗くしながら、しかし舞台上の観客の面前でおこなわれる。ダンサーは伝説の舞踏家になり切るためのプロセスを隠さずに、むしろ観客の目にさらすことを選ぶ。なり切ろうとするプロセスを提示、共有できるようにはからうことで、同時に「大野ではない身体」が大野を踊ろうとしていることをくり返し認識させようとする。この取り組みは、伝説のダンサーの身体が、いまここで再現されるというのはどういうことかを問うている。再現のための方法として口伝(対面)/媒介(映像)、共有を目指す対象として内面(精神)/振り(行動)、作品の価値づけ方として創造(オリジナル)/模倣(コピー)など、従来重視されてきた前者の項目に、後者をあえて対峙させる。どこまでも大野ではありない身体から、かつて大野のそれで得たような強い印象を得られるのか。観客の中でいつしか問いが作動し、関心が共有されるように誘っている。4.まとめデザイン、ジュエリー、ダンスにおける制作が、いったいどのような取り組みであるときに、それは創造的でありうるのか。生成される発想や視点、成果物としての製品・作品、それにより構成された体験の空間という、主に三つの水準や段階におけるメディア利用を考察した。デザイン/アート、デザイン/クラフト、モノ/パフォーマンス等と通常分けて考えられやすい取り組みであっても、メディア論の視点を導入すれば、価値創造のあり方というテーマに照らして、分けずに考えることができる。いずれの取り組みにもメディアは多様な水準や段階で関わっている。制作者や上演者により生み出されたモノや身体が、利用者や鑑賞者にメディアとして働きかける。もちろん制作されたモノにより構成される展示や身体により上演される公演の空間も媒介する働きを担う。また参加者を募る新聞や公演記録を媒介する映像の活用だけに限られず、音楽におけるサンプリングという別のジャンルに由来する発想や、伝達のための色見本帳を表現に用いるという意図的な誤用も含めて、媒介する情報や技術が、制作全体のプロセスに、密接な関わりをもっている。このようなメディア利用の視点からみたときに、本稿でとりあげた三つの取り組みには、共通した創造性や価値の生み出し方が認められる。それは既存の創造(creation)を引き受けつつ、自分なりに再創造(re-creation)する取り組みだという点である。すでに制作されたモノや上演された身体へ強い関心を抱きながら、それが含まれるジャンルの拡がりで半ば無意識のまま共有され、そのために制約として働いていた既存の概念を的確に問い直している。このときTAKT PROJECTは素材と製品の関係をはじめとして、これまで制作の前提となっていた概念の区分を、自分の裁量で改めて構成し直せることを示している。オットー・クンツリは身につけるものに物質以上の新たな価値を与えようと試み、川口隆夫はたんなるコピーに留まらない、身体に関わる再現の独創性に注意をうながそうとする。これまで創造されてきたものを、自らの手で、自らの仕方で再創造し、新たな価値を生み出そうとする取り組みとして、いずれも同時代の制作に携わる者に、ジャンルを超えて参考になるだろう。84