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研究体制の改革
矢野目 鋼  


 学生の集団が大学当局や政府機関に対してそれらの施行する政策や処分に抗議し、さまぎまの形の実力を行使する事件が近年世界各地に起きており、わが国では昨43年1月東京大学医学部にはじまって全学部に拡大した抗争は越年してなお激しさを加え、ついに国家的非常の問題となった。このような大学の問題は官学私学の別なく、また中央地方の偏りもなく全国各地に頻発して容易には収拾せず、かえって重大化する傾向にある。

 そのような事態に導いた直接の要因には種々特殊な差異があるが、間接的に全般に共通ししかも根源的な要因の一つとしては、学問と教育の頽廃ということが明らかに認識され、それは苦渋に満ちた反省を強要している。また他方に紛れなき事実として、戦後における科学技術のめぎましい発達があり、新しい専門分科が興隆し、学問はより細分化する方向に進んだ。産業そのた社会生活上の変貌も著しい。こうみると教育の立場からは特に、時代の要請は変化に対応するにスムースな柔順をもってしてはすでに満足せず、全面的根源的な改革という困難な問題をつきつけていると考えなければならない。

 そのような要請に対応して、わが国の大学では実際にはどのような胎動がみとめられるのかを、特に研究体制という面からみるため、昨43年10月中旬に朝日新聞がしらべて6回の紙面に報告したところを読みかえし、以下のメモにしてみた。


<医学部>

 学問の発展と研究体制との矛盾がもっとも鋭くあらわれたのは、東京大学の紛争の発端にも関係ある医学部においてであろう。しかしその同じ事情から改革への気運ももっとも乏しく、どの大学でもまだ暗中模索の段階にあるといわれている。

 明治以来、医学の研究は閉鎖的な医局制度に支えられてきた。封建的な身分階層制、父子相伝的徒弟制度が医局制度の根幹にある。そこでは研究のあり方を考えること自体がタブーだったといってよい。大学院は、たとえば外科第一講座の大学院というように医局別の大学院であって、学部全体の大学院ではない。

 そのようなところに、昭和25年ごろから医学における技術的進歩と変化が急に顕著となった。抗生物質の導入、麻酔学の発達などにより従来の不可能が可能となった。
さらに人工心肺の開発、エレクトロニクスの成果、生化学の進歩なども見のがせない。
このような変化に対して、研究・教育のあり方には変化は全然なかったといってよいらしいが、大阪大学からでた大学院のあり方についての試案の示すように、反省・再検討ははじまっている。

 その案では、@講座別の大学院を全学部的見地から再編成し、形態学系・生理学系・生化学系・社会医学系の4つにわける。A複数の指導教授制とし、しかも学部内の基礎・臨床のワクをはずして関連ある研究所、理学部、工学部をど他部門にも指導者を求める、などの問題があげられている。


<共同研究>

 自然科学・社会科学の別を問わず、異る領域の研究者が同一のテーマに取組む共同研究の事例は近年急に多くなってきた。たとえば、文部省科学研究費補助金に対する申請のうち、共同研究とみなされる件数は42年度において4,800を越し、年々増加しているといわれる。具体的にみればその動因は公害関係の研究によく示されている。

 ある地域経済論の専門家は、高度成長のひずみといわれる公害、住宅、交通の諸問題はこれまでの経済学ではとらえきれない、公衆衛生学、化学、財政学、法律学等々の知識が必要であると考え、環境衛生学の人と互の専門を傾けあって、この方面の先駆的著作といわれる「恐るべき公害」(39年)を結実させた。38年には厚生省の研究費をもって都留重人(経済学)を長とする「公害研究委員会」が発足した。これは地域経済論、環境衛生学、弁護士、都市論、民法、土地改良論をどの専門家による共同研究であり、共著「現代資本主義と公害」(43年、岩波・500円)を生み出した。「大気汚染防止に関する基礎的研究」は、横浜国大、都立大、工学院大、慶大、千葉大、名大、大阪市大、京大、宮崎大などの安全工学、機械工学、分析化学関係の17人による共同研究だった。「人間活動による水質の変化研究」(42年より)も、7つの大学の、化学、生物学、農学、地理学、経済学、哲学にわたる約30人の共同研究である。

 このようにこれらは発展して、たとえば「安全工学」のような新しい一学問体系が成立するようになった。都立大には、学部の壁をこえて理・工・法・経・人文にある関連ある講座を連合して、環境科学(あるいは公害科学)課程」を設ける案がある。広く自由に人材を集め、学生の中から新しいタイプの研究者を養成しようというのである。


<学部の再編成>

 大阪大学に新しく「人間科学部」(設置基準の学部名にそれがないため当分は社会学部とする)が44年4月から生れようとしている。創設趣意書によれば「人間の心理的・社会的行動と環境を研究する実証的諸科学(心理学、社会学、人類学、比較行動学そのた)と人間の学習と教育を研究する教育学との緊密な協力のもとに、人間の行動と環境、および人間形成について基礎的を研究をすすめる。」新しい時代の学問分野として「交通心理学」「都市社会学」「教育計画論」などの目新しい講座を含み、そのた「人類学科」「人間工学科」が計画されている。

 このような「人間科学」への指向は阪大だけでなく、あちこちに胎動している。そこには、旧来の文学部の哲・史・文という3学科構成を否定または是正し、教育学部を強化するという共通の問題意識が流れている。思弁的な哲学、文学から、実証的・理論的な心理、社会などの行動科学をきりはなし、「人間科学科」あるいは「第二文学部」を編成しようという動向が九大、名大、京大そのたにある。教育学部の強化の方向では、九大教育学部において同学部を改組し、教育系の「人間形成学科」、心理系の「行動科学科」、社会系の「社会科学科」の3学科をもって「人間形成学部」とする計画がある。

 阪大にはさらに大きい構想がある。生物学において分子レベルでの生命現象の解明がすすんだため、従来の動物学・植物学といった体系ではすでに時代に適合しなくなった。そこで、従来は医、農、理、工、などに分散、細分されていたところのものをまとめ、物理、化学、数学も参加させ、一つの綜合された「生物科学部」をつくろうというのである。


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