デザイナーの役割は、時代の変化とともに更新され続けてきました。近年では、情報、プロダクト、空間、映像といった領域を越えながら、その役割はさらに広がりを見せています。
本企画では、デザインの最前線で既存の枠組みにとらわれず活動するデザイナーやジャーナリストを迎え、対話を重ねていきます。それぞれの実践や視点を手がかりに、これからのデザイナーに求められる姿勢やあり方を探っていきます。
SESSION 01では、国内外のデザインに精通し、展覧会のキュレーションやプロジェクトディレクションなど多方面で活躍するデザインジャーナリスト・川上典李子さんを迎え、所長・佐藤竜平との対話を通じて、デザインの歴史をひもときながら、これからのデザイン教育のあり方やデザイナーの役割について語っていただきました。
佐藤竜平(以下、佐藤) | デザイナーの役割は、社会の変化にあわせて変わってきました。それにともなって、カリキュラムの内容も、その時代を映しながら更新されてきたといえます。そこでまずは、桑沢デザイン研究所(以下、〈桑沢〉)が生まれた背景から、時代ごとの流れを振り返ってみたいと思います。
1954年、ファッションデザイナーでありジャーナリストでもあった桑澤洋子氏によって、ドイツのバウハウスをモデルに〈桑沢〉が創立されました。当初は『ドレス科』と『リビングデザイン科』の2つの専攻でスタートしています。ここで特徴的なのは、「リビングデザイン」という考え方。そこでは、インダストリアルデザインやインテリアデザインなど、生活に関わるさまざまな分野を横断して学ぶ教育が行われていました。
川上典李子(以下、川上) | 1954年は、まさに戦後復興のただ中です。敗戦からまだ10年も経っておらず、住環境や生活用品も十分とは言えない中で、社会の仕組みも人々の価値観も大きく揺れ動いていた時期でした。そうした時代において、デザインには新しいモノや造形を通じて人々の生活を豊かにする役割が求められていました。
佐藤 | そうですね。産業の力を使って良い製品を大量につくることで、人々の生活が豊かになると考えられていました。実際に、その成果はすぐに現れます。1960年代に入ると、日本では高度経済成長期が始まり、テレビ・冷蔵庫・洗濯機といった「三種の神器」が各家庭に普及し、物質的な豊かさが広く実感されるようになります。
川上 | 1960年代は、大量生産・大量消費の仕組みが本格化し、産業が社会の豊かさを牽引していく時代。製品をより多く、より早く市場に届けられるように、デザインにもそのスピードに対応する実務性が求められました。
佐藤 | そうした状況の中で、企業は現場で即戦力となるデザイナーを求めるようになります。この時期、〈桑沢〉でも、より実践を重視するカリキュラムへと移行しています。
一方で、物質的な豊かさがある程度行き渡ると、今度は別の価値が求められるようになります。1970年代に入ると、デザインは単なる機能の提供にとどまらず、個人の価値観や感性、文化的なメッセージを表現する手段として注目されるようになっていきました。
川上 | 〈桑沢〉の卒業生であり、日本を代表するプロダクトデザイナーの倉俣史朗さんや、講師を務めたグラフィックデザイナーの田中一光さんといった、いわゆるスターデザイナーが台頭したのもこの時期でしたね。
佐藤 | デザインが単に役に立つものではなく、意味や個性を持つものとして受け止められ始めたことの表れだったと思います。「誰がつくったのか」「どんな考えが込められているのか」といった点にも関心が向けられるようになり、デザインそのものが文化的な価値として認識されるようになりました。
川上 | 私がデザイン誌『AXIS』の編集チームに参加したのは1986年ですが、1980年代は、デザインと企業が密接に結びついていった時代だったと思います。たとえば1979年の『ウォークマン』や、1980年の『無印良品』の誕生は、単にプロダクトやブランドが成功したというだけでなく、企業がデザインを通じて新しいライフスタイルや価値観を提案し始めたことを象徴していました。
佐藤 | 消費社会が成熟し、プロダクトの差異が性能だけでは見えにくくなる中で、ブランドイメージや価値を形づくるものとしてデザインが重視されていったわけです。1990年代以降もそうした企業主導の流れは続いていきますが、その一方でバブル崩壊により経済成長の前提が揺らぎ、その構造にほころびが生まれていきます。
佐藤 | さらに2000年代に入ると、ものづくりや表現を取り巻く環境そのものが大きく変わります。パソコンやデジタルツールの普及によって、それまで企業や専門職の手の中にあった制作環境が個人にも開かれていきました。『Apple』や『Adobe』の普及は、編集やグラフィック制作の裾野を広げ、インターネットは発信の経路そのものを変えました。この時代には、「つくること」が企業の専有物ではなくなり、「誰もがつくり手になれる」状況が現実味を帯びてきたのです。
川上 | それと並行して、ものづくりが一般の人々にも広く開かれたからこそ、「デザインとは何か」「デザイナーにしかできないことは何か」を問い直す動きも強まっていきました。私が関わる『21_21 DESIGN SIGHT』が開館したのは2007年、その2年ほど前からプログラムの企画などの準備が始まりましたが、まさにデザインについて考え、立場の違いを超えて対話し、その役割を社会の中で再定義していこうとする雰囲気がありました。2000年代後半は、デザイナーの個人化と自省が同時に進んだ時代だったと思います。
佐藤 | 企業主導の流れの大きな転換点となったのは、様々な理由によって2000年頃から製造業の国際競争力に陰りが見え始めたことでしょう。このあたりでデザインは内省の時代を迎えたのだと思います。その後2008年のリーマンショックと2011年の東日本大震災といった出来事を通して、経済成長や効率化だけでは社会が立ち行かないことが露わになると同時に、環境問題や格差といった社会課題が現実の問題として強く意識されるようになります。単一の企業や個人だけでは扱いきれない問題に対して、多様な立場の人と協働しながら関わっていく必要が強く認識されるようになります。
その意味で、2010年代以降は、デザインが社会課題の解決に関与する時代へと移行していったと言えるでしょう。さらに2020年代は、その前提として異なる価値観を持つ人々の対話の場を生み出し、関係性を編み直しながら価値を共創することがデザインには求められています。そういう意味では、今は「対話の時代」と呼ぶ方がふさわしいのかもしれません。
川上 | 私が2014年、21_21 DESIGN SIGHTで展覧会ディレクターを務めた『活動のデザイン展』も、まさにそうした時代の兆しを示すものでした。そこでは、人々が見過ごしている課題を可視化し、それに対して行動を促したり、関係を生み出したりする若手デザイナーたちの実践に光を当てました。デザインが「消費されるもの」から、「行為や場、つながり」をつくるものへと広がりを見せる社会の動きを示したかったのです。
佐藤 | 『活動のデザイン展』は、時代の変化を先取りしていたと思います。現在は当時以上に問題が複雑化し、単一の専門性だけでは対応しきれない局面が増えています。同時に、AIをはじめとするデジタルテクノロジーの急速な発展によって、従来は専門家だけのものと考えられていた技術や作業の一部は、今後代替可能になっていきます。だからこそ、これからのデザイナーには異なる領域を横断し、新たな価値を生み出す役割が、これまで以上に強く求められるでしょう。
川上 | 領域を横断するというと新しい概念のようにも聞こえますが、実際にはすでに多くの実践が生まれていますね。プロダクトの知見がサステナブルな仕組みづくりに応用されたり、衣服の構造や身体感覚がバーチャル空間におけるアイデンティティ形成に活かされたりと、ひとつの専門分野だけで完結するケースの方がむしろ少なくなっています。
佐藤 | そもそもデザインは生活に根ざした営みですから、本来、領域を横断することはごく自然なこと。むしろ、分業化されたデザインの仕組みの方が、従来の産業構造に適応する中で生まれた特殊な形態だと言えるかもしれません。
戦後の復興期に生活そのものを見つめ直すために構想された『リビングデザイン科』がそうであったように、いま再び、私たちは生活全体に向き合い直す必要があります。XD専攻は、そうした意味で〈桑沢〉の原点に立ち返りながら、同時にこれからの時代に応答しようとする試みでもあると考えています。
佐藤 |デザインは生活全体に関わる営みであり、分野が異なっても根底には共通する要素があります。しかし従来のカリキュラムでは領域ごとに細分化されていたため、わざわざ「越境」をしないと本質が見えにくくなっているのではないでしょうか。そこでXD専攻では、その共通要素として「エクスペリエンス」を位置づけ、分野を越えてデザインを捉え直すことを前提とした指針としています。
川上 |「エクスペリエンス」という言葉は、2000年代後半に、製品としての「モノ」と対比される概念として、UXデザインやサービスデザインの文脈から広まってきましたね。ただ現在では、「モノ」と「体験」を切り分けて考えること自体が難しくなっています。たとえば、スマートフォンやLUUPのようなサービスは、ハードウェアと体験が一体となって成立していますし、展示やライブ空間も、物理的な空間と体験が切り離せない関係にあります。
佐藤 | だからこそ、ここでいう「エクスペリエンス」は、単なるユーザー体験という意味にはとどまりません。モノと人、人と社会、さらには環境との関係の中で生まれる、より広い意味での「体験」を指しています。
重要なのは、それが異なる分野をつなぐための「共通言語」として機能する点です。領域が違っても、「どのような体験を生み出しているのか」という視点に立てば、同じ土俵で議論することができます。
川上 | 領域を横断することが当たり前となるこれからの時代において、共通言語を持つことは非常に重要なテーマだと思います。昨年11月に『21_21 DESIGN SIGHT』で開催した企画展『デザインの先生』展でも、その必要性を強く感じました。この展覧会では、20世紀のデザインに大きな影響を与えた6人のデザイナーの思想と実践を通して、現代におけるデザインの役割を問い直してみたいと考えました。
彼らについて理解を深めていく中で共通して感じたのは、それぞれが生きた時代のなかで、統合的な視点を失わず、生活全体を見渡しながらデザインを捉えていたこと。そこには、「ヒューマニティ」という共通言語があったように思います。展示の反響からも、急速に変化する現代において、多くのデザイナーが拠り所となる共通言語を求めているのだと感じました。
佐藤 | マックス・ビルやエンツォ・マーリのように、分野を横断しながら全体を統合するデザイナー像は、これまで特別な資質として語られることが多かったと思います。しかし、XD専攻では、それを一部の才能ではなく誰もが身につけられる力として捉え直しています。こうした力を育むための仕組みは、カリキュラムに反映されています。2年次への進級時に、「プロジェクト」と呼ばれる6つの専門領域の中から2つを選択する制度も、その一例です。
川上 | 従来は、まずひとつの専門領域を深めてから異なる領域を広げていくのが一般的でしたが、XD専攻では早い段階から複数の視点を持つ点が特徴的ですよね。
佐藤 | 分野や産業によって当たり前とされていることは異なりますし、体験や生活のあり方もひとつではありません。早い段階で異なる分野を行き来することで、自分の考えを相対化したり、他者の視点を取り入れる力が養われていきます。
川上 | 自分とは異なる考え方を受け入れ、それを楽しむ姿勢は、これからのデザイナーにとってますます重要になっていくと思います。
佐藤 | 分野を横断していくためには、まず自分自身の感覚の基盤をしっかりと築くことが不可欠だと考えています。そうした意識から、2005年のカリキュラム改編以降、別コースに分かれていた基礎課程を今回あらためて1年次に統合しました。
「共通基礎」では、バウハウスに由来する感性教育や造形理論を出発点に、頭で理解するだけでなく、身体感覚に直接働きかける授業を行っています。身体を通して得られる感覚や、そこから立ち上がるイメージ、さらに認識へと至るプロセスを積み重ねることで、言語や文化の違いを越えて体験をつくっていく力を育てていきます。
川上 | 実際に、分野を横断して活躍しているデザイナーに共通しているのは、異なるものを受け入れ楽しむ姿勢と、自分の中に確かな感覚基盤を持っていることだと思います。その両方があってはじめて、異なる領域を深く理解し、新しい発想へとつなげていくことができるのでしょう。
佐藤 | 確かな基盤があることで、異なる領域や考え方に出会ったときにも、それを単なる知識や技術として受け取るのではなく、自分自身の体験として取り込み、血肉化していくことができます。
川上 | 逆に言えば、その基盤がなければ、分野横断も表面的な理解や応用にとどまってしまう可能性が高いですよね。
佐藤 | だからこそ、1年次では「基礎課程」を通じて感覚基盤を築くことに重点を置き、2年次には、あえて異なる2つの専門領域に取り組むことで、そこに生じる違いや葛藤に向き合いながら、体験をより多面的に捉え直していく。そのプロセスを通して、「体験」というものの奥行きや広がりを実感していくことができるのではないかと考えています。
川上 | そうして培われた「体験」は、個人の内側にとどまるのではなく、他者と共有され、社会の中で活かされていくものになっていきますよね。これまでお話ししてきたように、これからのデザインは単にモノを生み出すことにとどまらず、関係性を編み直しながら、新たな価値を共創する場やつながりを形成する方向へと広がっていくと感じています。そうした時代において、このような学びの意義はますます大きくなっていくのではないでしょうか。
佐藤 | XD専攻はそうした時代の変化に応答する教育のあり方として構想されています。ここでの学びが、これからの社会において新たな関係性や価値を生み出していく契機となることを期待しています。
Profile
佐藤竜平Sato Ryuhei
多摩美術大学美術学部卒業。近代~現代美術を 研究し、連作絵画「培相」を制作。「基礎造形」 関連の科目担当のほか、「基礎造形専攻」設置(2005)、「総合デザイン科カリキュラム」改編 (2006)、「SO+ZO展」(2010、2012)企画協力など。桑沢デザイン研究所第12代所長。
川上典李子Kawakami Noriko
ジャーナリスト、21_21 DESIGN SIGHT アソシエイトディレクター。「AXIS」編集部を経て1994年よりデザインジャーナリストとして活動。展覧会企画にも関わり、21_21 DESIGN SIGHT以外にも、2008年「WA一現代日本のデザインと調和の精神」、2014年「Japanese Design Today 100」共同キュレーション(共に国際交流基金)、パリ装飾美術館「Japon-Japonismes. Objets inspirés, 1867-2018」ゲストキュレーター、2023年 京都市京セラ美術館「跳躍するつくり手たち:人と自然の未来を見つめるアート、デザイン、テクノロジー」企画・監修等。桑沢デザイン研究所非常勤講師。
取材・文/柴田准希 (kontakt)
写真/吉川周作
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