PAGE | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |

ラグランスリーブの研究
柳沼恵美子 谷二三 福村千英子  


1、まえがき

 ラグランスリーブは、1855年頃(クリミヤ戦争)イギリスの司令官ラグラン伯爵が負傷した時に、着脱ぎに楽な袖を考案したといわれ、それ以後その袖をラグランスリーブと呼ぶようになったと伝えられている。

 男子コートの袖から発生して、現在でも、私たちの衣生活の中に密着し、英国風なレインコートやオーバーコートを基本として、あまり流行に左右されず、またジャンパーやスポーツウェア等に老若をとわずに愛用され、機能性がこの袖の特徴となっている。

 婦人服のばあいも、レインコート、ジャンパーなどに多く使用されていたが、近年とみにモード的に、またファッションとして、この袖が種々な型に表現され、コート類だけでなく、スーツ、ワンピースドレスなどにも多く使われ、用途も広くなり、イブニングドレスにまで登場してきた。細い据りの強いセットインスリーブに近い感覚のものや、逆にドルマン風なものなどもある。この袖は、どこか知的なかたさと、柔らかさとが入りまじった味が魅力となっている。

 このように広範囲に使われるようになりながら、衣服の種類や性格に適合した、袖山とか、それに対する袖落度等の理論の裏づけがなく、感覚的な寸法が使われている。一品製作のばあいはそれでもよいが、量産のばあいや、教育的立場からは、理論とその裏づけとなる数値が必要であり、更に機能的な袖といわれているが、もう一度考え直してみる必要を感じ、この袖を取りあげて実験してみることにした。今回は特に衣服の性格に適合した、袖山に対する袖落度の研究にしぼった。

2、袖の考え方

 変型袖(身頃から続けて裁断される袖)の作図上に於ける研究としては、襠袖のように袖の「地の目」がバイヤスになるものは、テクスチューアや組織の性質、織の密度などによって「伸度」の差が著しく、特定の数値を得ることは難かしい。ラグランスリーブのように、袖を縦地に使用出来るものから入るのが順当と思われる。どの形態の袖でも、セットインスリーブに於ける理論を主軸にして発展きすべきであると考え、セットインスリーブの原型パターンから入ることにした。

3、袖の作図法について

 婦人服のばあい、人体の計測は、非常に曖昧で、メージャー1本で無数な曲面の集合体である人体を、正確に計測することはむずかしいのに、感覚的に採寸されていた。その寸法を使って平面作図がおこなわれ、作図法にも肩度式と胸度式があり、更にその式の中にも種々の作図法があげられる。

 現在我々が使っているものは、胸度式で胸部の周径を基準として、他の寸法は割り出して得る寸法を使って作図されている。

 この方法は最少限の採寸でおおまかではあるが、バランスのとれたパターンが得られる利点があり、また衣服の性格によって増量するばあいも、胸度式であるため各箇所とも正確に増量され便利である。しかし袖山を決めるばあい、現行は胸囲周径の何分の1が袖山寸法であったり、ブラウスは何cmと定寸で決められたり、非常に感覚的で理論の裏づけに乏しく、胸囲周径と腕根付高の比率や、胸囲周径と腕周径の比率が、何人も一致するとは考えられない。胸囲周径も肩胛骨上を通るので、その突出状態によって胸囲寸法が大きいばあいもあり、また体型が屈身体でなくとも、僧帽筋の発達と肩胛骨の突出によって、前丈より後丈が長くなる例もあり、更に胸囲周径の割に腕が細いとか、肩落度が強く(なで肩)袖刳が小さくなるとか、種々の体型による変化が表われる。

 今までは製作者の勘や経験で、袖山が決められたり、補正されてきたが、我々は以上の点から、袖山は身頃原型の袖刳高を基準として考えるべきであると考え、その実験から入った。


図1
図1


図2
図2

A 山の決め方

 袖刳の縦の長さと袖山高とは比例して袖が成り立っていると考えられるので、この理論に基き平面製図の中にそれを表わした実験過程が、以下の説明である。

 平面製図に於ける袖刳は図2の如く、肩先で接続しない状態に描かれる。これを接続することによって袖刳の長円形が出来る。その長円形の長軸の長さを求める方法として、平面図上の前後肩先高の中間の位置を求め、その点から袖刳下までの間隔を5等分した。下からその4/5の点を肩先の接続する位置と仮定する。即ち4までの丈を袖刳長円形の長軸としたのである。袖山高はこれが最高のものと考える。この袖山高は4区分に分れていることになる。この場合下から2までの間は必要なく、2―4までの2区分が主要な位置となる。この2区分間をそれぞれ更に4等分し、必要に応じて、これ等の目盛のいずれかの点を袖山高と決める。

 現行袖山との差を下記の表に現わした。

実験袖山 A 現行袖山 B
ブラウス 半度42 ジャケット 半度44 コート 半度46
A B A B A B
4 14.2cm 14cm 14.4cm 14.7cm 16cm 15.4cm
3.75 13.4cm 13cm 13.5cm 13.7cm 15cm 14.4cm
3.5 11.6cm 12cm 12.6cm 12.5cm 14cm 13cm
3 9.9cm 10.5cm 10.8cm 11cm 12cm 11.5cm
2 6.6cm 7cm 7.4cm 8cm 8cm 7.8cm

 多少の差異はあるが、大体一致する結果がでた。つまり長年の経験から算出された感覚的な袖山寸法が妥当であるという裏づけにもなる。一番低い袖山高は2を使うが、この山は前肩先から脇線までの袖刳の厚み幅が、2に匹敵するとも考えられる。図3は袖山高により袖の型、袖幅等の変化を表わしたものである。


図3
図3

 なお服の性格、デザインによって袖刳を刳落す場合は、落した寸法を袖山高にたすことになる。又服幅が原型より部分的に増した場合は、増量前の寸法で袖を描き、袖幅を決めてから増し分を加える。(図24参照)

B 袖の作図

 婦人服の袖作図においては、身頃袖刳の型を無視して描かれる場合が多い。ここでは袖刳の型を留意する目的で、身頃原型上に重ねて作図をする。図4脇中点a及び袖山高4の位置から水平線を引く。a点を起点として、前A.H寸法を袖山高線に向ってとる(b点)。bを起点として後A.H寸法をaの水平線に向ってとる(c点)。a−cが袖幅になる。b点が袖の頂点となりその直下点をdとする。b−dの中点cの水平線を引くと前後A.H斜線上にf、gの接点が得られる。g点より0.5cm延長しg′(運動量)とする。以上の基本線の上に袖山刳をカーブ線で描く。図5のように前袖山はfを通り袖下は身頃A.Hに合わせて描き、後袖はg′を通り袖下のカーブを後身頃A.Hの型に合わせて描くことになる。此の様にして山が低くなれば身頃A.Hから離れて、ゆるやかな曲線になるわけで、袖山の波形の強さによって、必要ないせ量が含まれる。高い山の袖は、いせることによって腕の厚みが出るので、いせ量を多く必要とする。いせられた袖山高は実際には減じられることになる。以上のようにして製図は、図6の如く腋下より袖口まで採寸した袖下寸法と、前記の袖山高4をたしたものが袖丈になればこれが一番静的な袖として納得できると思う。

図4
図4

図5 図6
図5   図6

図7
図7

 人間の腋下の皮膚の伸びは非常に多く、両腕を同時に約170°前から上に掲げたとき、体側線で(大腿部←→腋点)19%伸びるといれる。また腋点から手首までの皮膚も10cm以上伸びるので、袖下の長さが袖の機能度を高める重要なポイントとなる。勿論身頃の脇丈も関係し、袖刳を必要以上深くしないことや、ウエストのブラウジンク量又は、裾線の動きなどが相俟っているわけである。此の研究に於ては2の段階の袖を最高の運動量のあるものとした。此の袖の据りは、ほぼ肩線の延長線上に位置する。勿論更に運動量を必要とするものは襠を入れたり、袖下を襠状に延長することがある。(図7)


Next