デザイン教育の課題
阿部 公正
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2.高等教育としてのデザイン教育

 一般に大学の増大に伴って、美術系の大学でのデザイン教育が著しく膨脹してきていることは、周知のとおりである。そのような量的増大という事態をどのようにうけとめているか、という点についてみるとき、大学の場合には各種学校の場合に比べてそれほど大きなひらきがあるとは認められない。

 たとえ理念が明確にされている場合でも、現実の教育のうえでは、専門分野間の強調の欠如や講座制(国立大学における)によるセクショナリズムの助長などの障害のため、理念どおりの成果のあげられないのが通例であるように思われる。

 一般に、学問の諸領域の分化と平行して、それとは反対に隣接諸科学の協力の必要であることは、かなり早くから主張されてきた。社会科学の分野においてインターディシプリナリーとよばれているのは、その著しい例である。いまここでは、そのようなアプローチがどのような背景をもち、どのような成果をもたらしうるか、ということについては立ち入らない。だが、われわれの当面の課題であるデザインについて考えるとき、これが単なる美術的ないしは技術的領域のものとしてではなく、 諸領域が互いに関連する、開かれたものとしてとらえられねばならぬことは、あらためて注意するまでもないことだろう。そうだとすれば、デザイン教育の場では、閉ざされた純粋な学問の教育の場とは違って、必要な学問や技術のすすめ方はおのずから限定されざるをえず、他方それらの諸領域の協調によってはじめてデザインという操作が具体化されるのでなければならないだろう。

 デザイン教育の変革は、もちろん日本だけの問題ではない。伝統的な教育組織から脱皮しながらデザイン教育を体系化していこうとしているのが、多くの国にみられる現状だ、といってよい。

 たとえば西ドイツでは、一方では工学系のなかでデザイン教育が考えられるのと平行して、最近ではデザインの専門大学Fachhochschule fur Design Design)の構想がたてられている。基本的には、従来デザイン教育を行なってきた工芸学校(Werkkunstschule)が単科大学(Hochschule)のランクに高まろうとするものであり、そのさい工芸(Werkkunst)という言葉を捨ててDesignという語を採用しようとするものである。ドイツ工作連盟(Deutscher Werkbund)の機関紙である<Werk und Zeit>(6/1969〜10/1969)によれば、手工作的アプローチから、徐々にまたあまりにも遅く工業的アプローチへと移ってきた工芸学校は、今日さらに第2の変革期をむかえることとなる。つまり、専門的に孤立化させられた見方から統一的な見方への変革、環境との諸関係を考慮する全体的な見方への変革が、その根底にはたらいているのだ、という。

 すなわち、在来の工芸学校的な教育に従えば、フォルムは、グラフィ ック・デザイナーにとってはコミュニケーション手段であり、プロダクト・デザイナーや建築家にとっては機能的・技術的アプローチの所産であり、芸術家にとっては神秘的・主観的アプローチの成果であるのだから、そのようなところでは、共同作業といっても、それは表面的なものにすぎないのだという。それゆえ、そのようにそれぞれ孤立化させられた見方を、環境形成へむけて統一してゆく全体的な見方が必要なのだというのが、それらの改革案の板底にある考え方だとみられる。

 たとえばダルムシュタット工芸学校によるデザイン大学のモデル構想 のうちに、デザインのとらえ方についての典型的な例をみることができるだろう。同工芸学校のH.G.Pfaenderの説明によれば、<デザインは、生産品、コミュニケーションの手段およびプロセスの造形(Gestaltung)であり、また新しい機能の計画と発展並びに既存のものの変更、改良を含むものであり、したがって経済的、社会的、美的観点を包含するものである。>そうして、そのようにデザインをトータルなものとしてとらえる見方から、<デザイン大学は、自然科学系の大学との接触なしに、美術大学といった意味での閉ざされたものとして存在するわけにはいかない>という。

 そのためダルムシュタットでは、一方ではデザインの中心領域へと集中しようとすると同時に、他方では工科大学との協調を重視する。そうして学科構成としては次の4つをあげている。
Gestaltungslehre(造形)
Industriedesign(インダストリアル・デザイン)
Innenarchitektur(インテリア・デザイン)
Kommunikation(コミュニケーション)
いうまでもなく、各科間の交流を密にし、また特定の課題がインターディシプリナリーなアプローチで(具体的には各科をつらぬいたグループの構成によって)解決されてゆくことをめざしているのである。

 こうした構想は、さきにふれたように、工芸学校から大学への移行過程のものとみられるのであって、まったく新しいデザイン大学の構想とはみられないだろう。だが、そうした移行段階-しかも工芸学校は、それなりの質の高さをもっていたのであるが-において、デザインを基本的にとらえなおそうとしている姿勢は、十分に注意されてしかるべ きだろう(2)。わが国では、高等工芸学校から大学への移行がスムーズであっただけに、また美術大学のなかでのデザイン科の新設が比較的容易であっただけに、手工作と工業生産の問題、および専門的に孤立化された見方から全体的な見方への進展の問題が、未解決のままで残されているのが現状だといってよいだろう。

 西ドイツの例にみられるデザインのとらえ方のうちには、ドイツ的といってよいような局面が含まれているけれども、同時にデザインというもののもつインターナショナルな局面をもそこに認めることができる。ICSIDの教育ゼミナールにおけるインダストリアル・デザインの定義によれば、<IDは工業による製品のformal qualitiesを決定することを目的とする一種の創造活動である。このformal qualitiesには外面的特徴が含まれるばかりでなく、それは主として、ひとつのsystemを作 る人と使う人双方の観点からみて一貫した統一あるものに転換する構成的な、機能的な関連性のことである。IDは、工業生産によって条件づ けられる人間環境のあらゆる部面を包摂する。>(小池新二:ULMからVIENNAへ、<工芸ニュース>1966年3月号所載)

 もちろんこの定義づけが絶対的なものだというのではないけれども、デザインは、もはや単なる美術と産業の統合として規定されるわけにはいかず、また単なるひとつのビジネスとしてみられるわけにもいかない。手による製品のみが意味ある造形となりうるのではなくて、工業による製品もまた人間生活の場において、ひとつの意味の担い手となるのだということを、この定義づけは示しているのである。西ドイツにおけるデザイン教育の試みのなかには、環境形成論的アプローチが強く作用して おり、ともすればそれが著しく唐突な印象を与える場合もないわけではないけれども、デザインにおけるこのような部分を軽視して、産業とのかかわりの部分のみを重視するならば、デザインのもつほんとうの意味での文化的な側面は失われてしまうものといわなければならない(3)。

 それでは、いったいデザイン教育の脱皮のためには、どのような操作が必要なのであろうか。私は、今日の工学教育におけるアプローチのうちに、デザイン教育の場合とかなり重なる部分があるように思う。その点については、<基礎工学>重視の観点から工学教育の再組織を試みている向坊隆氏がきわめて明快に説明しているので、それを引用しておこう。同氏は、イギリスの著名な科学者J.D.バナール博士が、1962年に開かれた科学・技術教育に関するシンポジウムで述べた次の言葉を手が かりとして考察を進める(以下、向坊隆:基礎工学概説、岩波講座<基礎工学>第2巻より引用)。

 バナールはいう。<私自身がケンブリッジで学んでいたころのことを 想い出すと、当時はいかなる問題でも少なくとも40年間しっかり確立された学説でなければ教えるのは不適当であると考えられていた。つまり最古参の教師でもそれについてある程度のことを知り、学生の前で恥をかかないためには少なくともそれ位の時日を要するということである。 この程度の期間が与えられないでは、その問題の取扱い方が真に健全なものであるかどうか確信がもてないという理由で(こういう考えは)容認されていた。>

 <過去においては、教師がよく知っている状況に対処できるように人々を教育することが可能であったが、今では事情が異なり、学生が巣立ってゆく世界は−私のいう学生は科学および技術部門のもので、人文関係の学生ではない-その学生が教育を受けた世の中とは本質的に異 なっているであろうということは、すでに認められているところであり、年とともに明らかになってきている。・・・・・・技術教育はもはや(それぞれの時点での)適切な実習を教えこむことではなくなってきていることが認められている。なぜなら、現在適切な実習は10年先には確かに適切な実習ではなくなっているであろう。>

 向坊氏は、このような動向に対応して工学教育をつくりかえてゆくためには、ほんとうの意味での基礎工学(Engineering Science)を根づ かせなければならない、とする。日本の現状では<EngineeringScience は、学生たちにとって、専門の分野で必要な、特定の小部分だけに限られている>のであって、<この傾向はEngineering Scienceが、それぞれの専門学科で、専門的な問題をとり上げるさい、その理解を助けるための準備行為としてだけしか考えられていないことに基づいている。これでは広義の、そして正しい意味でのEngineering Scienceのほんとうの利点が、十分に認識されているとはいえない。>(古賀逸策博士の論 文よりの引用)

 そのような、基礎工学または工学基礎と訳されるEngineering Scienceとは何か。向坊氏はその要点を次のように述べている。<Engineering Scienceの内容については、まだ定説ないしは整った体系ができているわけではないが、アメリカだけではなく、諾外国やわが国でも真剣に検 討されている。その考え方の中心になっていることは、従来以上に、基礎科学の基本的法則・原理に基づいた論理的思考法を効果的に体得させて、その学力を工学的な解析・設計・総合に発揮させようとすることである(4)。>

 工学の領域において、学問体系のつくりかえに関して要請されるところは、ほとんどそのままデザインの領域においても要請されているのだとみてよい。デザインにおいて、<学力を解析・設計・総合に発揮させ る>ためには、いったいどのような思考法と感覚とを必要とするのか。 そのような問題が、学問の諸分野においても、また造形の実際のうえにおいても明らかにされることは、デザイン教育の体系化にとって、まず第一に要求されることであろう(5)。

 しかし、さらにつけ加えられるべき視点がある。すなわち、デザイン教育は、科学技術の発達や社会科学の発達や新しい視覚の展開などと対応するものでなければならないと同時に、そうした人間の思考方法や視覚がデザインという操作に集約されて、具体的な文化的要素を形づくってゆくとき、いったいそれが人間にとってほんとうに価値ある文化的要素となっているのか、という価値論的把握を伴うものでなけれはならない。

 デザインについてのインターディシプリナリーなアプローチ、デザインの基礎の確立、デザイン現象についての価値論的把握、そういった思考が、一方ではデザインの理念ないしはデザイン教育の理念を基礎づけてゆくと同時に、他方では具体的なカリキュラムを決めてゆくこととなるだろう。



注(2) ドイツの工芸学校の多くでは、この数年来つぎつぎにインダストリアル・デザインをとり入れていく傾向にあったが、そうした場合でも、創造的(creative)な精神を保持することを特徴としていた。それゆえに、作品の質の高さが認められたのであるが、今日の問題は、手工作に依存した段階での創造性ということを、機械生産をとり入れた段階でどのようにして維持してゆくか、あるいはとらえなおすか、ということであろう。

注(3) 環境形成(Umweltgestaltung)という考えは、スイスのマックス・ビルによって早くから主張されてきた。それはアメリカなどでエンヴァイロメント・デザイン(environment design)といっているのとは違う。ビル的なとらえ方を美学の領域ですすめたものに、スエーデンのG・パウルソンの象徴環境(Symbolmilieu)の理論がある。G・Paulsson:Die Soziale Dimension der Kunst、1955 参照。

注(4) 大阪大学基礎工学部は、積極的にEngineering Scienceをとり入れたものとして注目される。このようなアプローチから、われわれの意味でのデザインに迫ることは一見容易のように思われるけれども、工学的思考と造形の間の断絶は大きく、それを正しく埋めてゆくことは、決して容易ではない。

注(5) デザインを、芸術と産業、芸術と工学、あるいは芸術工学(芸術の科学的ないしは工学的アプローチという意味での)といったかたちでとらえようとする場合、芸術の多様な動向の中で、いったいどのようなものを重視しなければならないのか、ということがはっきりしていなければならない。私は、造形の論理とデザインの論理との関連を考えた場合、<具体芸術>(Konkrete Kunst)の動向を重視するのが妥当だと思う。



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