


ジュエリーデザイナー 下奥悦子さん
2019年度 夜間附帯教育 基礎造形専攻 修了
2021年度 夜間部スペースデザイン専攻 卒業
東京都生まれ。大手石油会社やアパレル会社での勤務を経て、結婚・出産後、ジュエリースクールで制作やデザインを学び、ジュエリーブランド「simoe(シモエ)」を設立。その後、桑沢デザイン研究所で学び、現在は代官山のアトリエ兼ショップを拠点にデザインと制作を手がけている。
家庭での時間を経てジュエリー制作に挑戦
―― 下奥さんがジュエリーデザイナーを志したきっかけをお聞かせください。ジュエリー制作を始めたのは30代になってからです。子どもが中学生になったタイミングで、昔から興味のあったアクセサリーづくりを始めました。
それまで自分がしっくりくるジュエリーになかなか出会えなかったこともあり、「自分が心から身につけたくなるジュエリーをつくりたい」という思いが原動力になりました。

▲表参道の「CIBONE(シボネ)」でPOP UP STORE開催時に展開した「Conel(コネル)Series」
―― どのようにしてジュエリーデザイナーの活動を始められたのでしょうか?
まずはジュエリースクールに通い、趣味として制作を続けていましたが、長く心にあった「手に職を持ちたい」という思いが強まり、作品を求めてくださる方も増えていきました。さらに、知人の後押しもあり、最初のアトリエ兼ショップをオープンしました。
課題制作を通して自分の壁を乗り越えることができた
―― 〈桑沢〉への入学を決めた理由を教えてください。ジュエリー制作を仕事にするうえで、デザインを基礎から学ぶ必要性を感じたのが一番の理由です。ジュエリーづくりでは、感覚的な側面だけでなく、構成力などのデザイン的な側面も重要です。私の場合は感覚的な比重が大きく、自分の壁を感じていました。私にとって〈桑沢〉は、その壁を乗り越えるために飛び込んだ新しい環境でした。
また、制作したジュエリーに対して、アトリエ兼ショップの空間がしっくりこない感覚がありました。本来、大切にしたいと思っていたジュエリーのあり方と、商品として装飾的に陳列された姿に違和感を感じ、物と空間の関係についての学びを深めたいという思いが芽生えました。
クラスメイトには同年代を含めさまざまな人がいて、気になっていた年齢やバックグラウンドは、実際に学び始めると全く気になりませんでした。
それよりも自分がずっと学びたかったことを学べる喜びが大きく、どの授業も面白くてしょうがなかったです。特に夜間附帯教育 基礎造形専攻は「発想、観察、構成の3つの基礎を学ぶ」がコンセプトで、特に構成を学びたいと考えていた私に合っていました。
その後、夜間部スペースデザイン専攻に進み、空間のデザインや物との関係性について学びました。

▲卒業制作
住宅課題:ジュエリーという小さな彫刻と、一杯の珈琲をツールに営むアトリエ住宅を設計。自宅の庭に招き入れたような素朴な空間を、モノの居場所とし、人とモノ、双方の身体性を考慮した、自然を喚起する土間の内庭を設えた。
―― 授業や課題で特に印象に残っていることはありますか?
1年目の夜間附帯教育の授業では、それまでの固定観念を一度手放し、新たな視点を養うような課題が多く出され、毎日がまるで1000本ノックのように課題に向き合う日々でした。
思考が先行するあまり、なかなか手を動かせなくなることもありましたが、そんな時先生から、自分では価値がないと思うものでも、たとえ未完成でも形を出し続けることの重要性を教わりました。試行錯誤を繰り返す大切さと、思考を形にし続ける力を鍛えられました。
空間づくりにこだわったアトリエ兼ショップを実現
―― 卒業後は、どのように活躍の幅を広げていかれたのでしょうか?2021年3月の卒業と同時に、代官山にあるアトリエ兼ショップのリノベーションに取り組みました。レイアウトを考えたうえで、内装やインテリア、什器、看板、鏡のデザインまですべてオリジナルで作り上げていきました。

▲代官山のレトロなビルの一室にある、アトリエ兼ショップ。左官仕上げの温かい質感の色合いと、室内に設えた滑らかな曲線が、小さな空間に穏やかに広がる。
機能性とデザインを両立させながらオリジナリティも感じられる空間づくりには、〈桑沢〉での学びが活かされています。エレメントの授業でお世話になった片根嘉隆先生に図面作成やアドバイスをいただき、無事に今のアトリエを完成させることができました。
―― アトリエの空間づくりにおけるこだわりを教えてください。お客様に、茶室にいるようなくつろぎを感じてもらいたいという思いから、L字型に腰掛けられるスペースを設け、ジュエリーはあえてケースに入れず、サンプルをそのまま並べています。お客様が間近で眺めたり、気軽に手に取って身につけたりしていただけるようにし、モノと空間のつながりを意識した空間づくりを大切にしました。
円柱をベースにデザインした什器は、中心部分をくり抜き、そのくり抜かれた部分も独立した什器として使用できるようにしています。外側はドーナツ型になっており、さらに3分割することで、配置を変えるだけでさまざまな形の什器として活用できるように設計し、POP UP STOREの際にも使用できるようにしました。

▲アトリエの空間で、自由に点在し繋がる、柔らかな質感の左官仕上げの什器
―― 〈桑沢〉での経験は、アトリエづくり以外でも活かされているのでしょうか?
技術的な部分もそうですが、ものづくりへの考え方についても影響を受けています。
夜間附帯教育 基礎造形専攻のデッサンの授業で、現在〈桑沢〉の所長を務めていらっしゃる佐藤竜平先生から、「全体の形がよく見えている分、細かい部分に意識が向きすぎて、細部から描き始めてしまっている。それでは疲れてしまい、結果的に全体をつかむことが難しくなる。」と指摘を受けました。この言葉はデザインや仕事における自分の考え方に通じるものがあって、思考の癖を客観視できるようになり、制作への取り組み方が変わりました。
また、「完璧の一歩手前をつくるのが一番難しい」という言葉も、私がデザインや制作において大切にしている考えそのものでした。その言葉を聞いたことで、自分の姿勢を再確認するとともに、背中を押してもらえたように感じています。こうした学びは、現在のジュエリー制作に今も活かされています。
素材の生身感を大切にジュエリーづくりに取り組む
―― これまでで転換点となったお仕事についてお聞かせください。
▲表参道の「CIBONE」で開催したPOP UP STOREの様子
2024年に、さまざまなクリエイターのプロダクトを扱う表参道のショップ「CIBONE(シボネ)」でPOP UP STOREを開催させていただきました。そこで新たに制作・販売したのが「Conel(コネル)Series」です。このシリーズは、生地をこねるように手作業で成形し、機械的ではない抑揚のある膨らみを生み出しているのが特徴です。原型が完成するまで約80個の試作を重ね、キャッチーなツイストデザインも取り入れ、手作業ならではの表情を追求しました。また、それまでは感覚的に制作を行ってきましたが、CIBONEの展示空間や什器との調和を考慮するなど、これまでとは異なるアプローチで制作しており、〈桑沢〉で学んだデザイン思考を取り入れながら形にしていきました。

▲表参道「CIBONE」のPOP UP STOREで展示したジュエリー。洗練された空間との調和を考慮し、建築材のガラスブロックを使用し展示
また、デザイナーの仕事に従事している娘が2年前から「simoe」のブランドディレクションを担当していることも大きな変化です。展示空間やトレンド、顧客層を踏まえた客観的な視点のフィードバックをもらっています。POP UP STOREでの経験や娘との協業を通じて、自分の感覚だけに頼らない、より広がりのある作品づくりができるようになりました。今ではデザインも一緒に取り組んでいます。
―― ジュエリーをデザインする際に、意識していることはありますか?自分の感覚とデザイン性、そのどちらにも偏りすぎないよう心がけています。感覚的にベースとなる形を作りながら、トレンドや空間、身体性のデザインを何度も行き来し、バランスや素材の持つ生っぽさ、そして客観的に見たときに余韻が感じられるかどうかを意識しています。
―― 最後に〈桑沢〉に興味を持っている人や在校生に向けてメッセージをお願いします。何歳からでも挑戦できることをお伝えしたいです。 自分の根っこにある、「作る」というシンプルな気持ちを今も変わらず大切にしています。 試行錯誤を重ねながら、私も今に至っていますが、年齢や経験にこだわらず、忍耐強く自分の気持ちを選択していくという作業を続けていくことで、自分や周囲が見えて、それぞれの大切なものに進んでいけるのではないかと思っています。