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伊藤透ゼミ 講師座談会【前編】 手を動かしながら「美しい」という感覚に向き合う

伊藤透ゼミ 講師座談会【前編】 手を動かしながら「美しい」という感覚に向き合う
〈桑沢〉の学生が3年次に参加する少人数制の「ゼミ授業」では、ひとつのテーマを1年間かけて追及し、後期には卒業制作に取り組みます。今回、パッケージ・プロダクトデザインを専門とする「伊藤透ゼミ」(ビジュアルデザイン専攻)での実践について、講師を務める伊藤透先生、中野恵先生、永沼真一郎先生に話を聞きました。

登場人物

伊藤透先生 中野恵先生 永沼真一郎先生
伊藤透先生

千葉大学工業意匠学科卒業。株式会社資生堂、仏カレ・ノアール社勤務の後、独立。化粧品を中心としたさまざまな分野のパッケージ・プロダクトデザインを手がける。株式会社エスキース代表、公益社団法人日本パッケージデザイン協会・元理事長。

中野恵先生

武蔵野美術大学デザイン科卒業。株式会社アルビオンに入社し、「ALBION」本体のパッケージデザインおよび「ANNA SUI」「Elegance」「LADUREE」COSMETICSのデザイナーとして従事したのち独立。中野デザイン事務所を立ち上げ現在に至る。

永沼真一郎先生

桑沢デザイン研究所卒業。玩具のパッケージデザインをはじめ商品ロゴデザイン、イラスト、コンセプトCGなどを手がけ、玩具・雑貨の企画開発にも関わる。公益社団法人日本パッケージ協会「JPDA」に所属。パッケージデザインの授業を担当。

専門性を深めると同時に、表現の幅を広げる場

はじめに、〈桑沢〉における「ゼミ授業」の意義から教えてください。
伊藤:

卒業制作に向けた流れの中で1年間にわたって実施するゼミ授業は、学生たちにとって〈桑沢〉の3年間の集大成だといえるでしょう。入学後はデザインの基礎を学び、2年次になると応用的な知識や技術を身につけていく。そして3年次のゼミ授業では、高い専門性を持つ講師のもとで学びを深める。ゼミ授業を受け持つ講師たちは、デザインの全体に精通しているというよりも、非常に専門性の高い領域で仕事に取り組んでいることがほとんどです。その専門性を学生が間近で見て何を学び、何を感じるのか。アカデミックな授業というよりは、即戦力を育てる実践に近いものだという印象があります。

中野:

私たちのゼミ授業は商品のデザインを中心に学びますが、必ずしも全員がパッケージデザインの道に進むことを想定していません。専門性を極めていく中で、新しい分野でも通用する考え方やデザインのプロセスを拾うように獲得してもらいたいと思っています。

永沼:

表現の幅を広げるための取り組みであるという点も大切だと思っています。〈桑沢〉にゼミ授業が導入された当初と現在では、学生の学び方にも変化があるように感じていて。もともと〈桑沢〉は2年制で、そのまま卒業する人もいれば、少人数制の研究科に進んでもう1年学ぶ人もいました。つまり、本当に学びたい学生だけがゼミ形式の授業に参加していたんです。その点、学生が専門性を高めるという側面が強かったように思います。一方で現在は、誰もが3年次になるとゼミ授業に参加できるようになりました。研究科の頃と比較すると、「その専門分野をどうしても学びたい」と考えている人の濃度は薄まったかもしれません。ただ、ゼミ授業に参加したことで、新しい興味と出会える学生の数は増えているという実感があります。

中野:

私が学生だった頃を振り返ってみてもそうですが、デザインにどのような分野があるのかまだわからないという人も多いと思います。自分がやりたい分野とは違っていても、一度は触れてみる。それによって自分の適性を理解し、具体的にやってみたい仕事が見えてくることもあると考えています。

自分の考える「美しい」をデザインで表現する

伊藤ゼミの学びの特徴をお聞かせください。
伊藤:

1年間を通して「美しい」をデザインすることが僕のゼミ授業のテーマです。前期には大きく4つの課題があります。まずは自分が「美しい」と思うイメージを集めてボードにするというもの。次はそのボードの中からテーマを1つ選び、立体として表現してもらいます。それが終わると自ら設定したテーマに沿ってフレグランスのボトルをつくり、最後にその商品をイメージした箱のデザインを制作するという流れになります。この準備段階を経て、後期は自由なテーマで卒業制作に取り組んでもらいます。

デザインをやっていくうえでは、自分が何に対して「美しい」と感じるのかを知っておくことが非常に重要です。この軸がなければ、デザインの良し悪しを判断することができません。そのため、学生が自分の美意識と向き合い、磨いていくというプロセスを重視しながら課題を設定しています。

前期の集大成として「フレグランス」をテーマに選ばれているのはどうしてですか?
伊藤:

僕も中野先生も化粧品のデザインに深く関わってきた経験があります。そもそも化粧品というのは、美しくなるためのプロダクトですよね。その美しさの背景にあるコンセプトを容器の形やパッケージ、色彩、ロゴに落とし込むことがデザインの仕事です。デザイン全体からすれば、化粧品は非常に限定的な分野です。しかし、その狭い世界の中で、完結したデザインが求められる。デザイン自体の美しさを追及すると同時に、化粧品が実現する美しさを伝えるための工夫を一貫して学べるという点で課題に選んでいます。

中野:

実際の商品であることを想定して制作するため、ある程度は機能性を考える必要があります。例えばフレグランスの場合、内容量や容器のサイズ、透明度、持った時に手に馴染む感覚などを深く考えることが、リアリティのある制作につながっていきます。また商品であるからには、消費者に共感してもらうことも大切です。学生には「美しい」という抽象的なイメージと現実を往復しながら、商品としての折り合いを学んでもらっていますね。

永沼:

「美しい」はシンプルかつ深いテーマですよね。学生たちは“何となくいいデザイン”を考えるのではなく、自分の根底にある「美しい」という感覚と対峙しなくてはなりません。実際の授業でも、最初は“何となくいいデザイン”からスタートした学生が、伊藤先生や中野先生からコメントをもらう中で思考を整理し、「美しい」を伝える表現を洗練させていく様子を見ました。

もうひとつ面白いのは、単にアイデアを考えるだけではなく、それを立体で表現するプロセスがあることです。ビジュアルデザイン分野を学びにきた学生にとって、手を動かしながらものづくりをすることって非常にイレギュラーな体験と感じる人は多いかもしれませんね。僕もパッケージデザインの仕事を経験してきましたが、伊藤先生と中野先生の領域ではプロダクトにぐっと近づいていく。思いもよらない経験ができる機会があるという点で、テーマや課題設定に魅力を感じています。

伊藤:

なるほど。確かにパッケージデザインはグラフィックとプロダクトの中間くらいの感じだよね。

中野:

中間だからこそ、パッケージデザインに興味がない学生であっても幅広く学べるという点はいいですよね。写真やイラストが好きな人であればビジュアルをパッケージに落とし込むことができるし、タイポグラフィーが得意な人であれば文字をベースにしてデザインすることもできる。自由度が高いからやりようはいくらでもあると思っていて、それは学生にも伝えています。

後期の卒業制作はどのように進められるのでしょうか?

中野:

「パッケージデザイン」と聞くとお菓子のパッケージみたいな箱物をイメージする人も多いと思いますが、伊藤ゼミの卒業制作はもっとプロダクト寄りのデザインが中心になります。

伊藤:

樹脂などを使って立体を制作した前期の流れから、容器の形状がデザインの主役となる商品、例えばフレグランス、化粧品、アルコールなどをテーマに選ぶ学生が多いですね。珍しいものでは過去にスパイスやミネラルウォーターといった事例もありました。卒業制作に関しては3回のプレゼンを設けており、1回目は形を決める、2回目は箱を決める、3回目はディスプレイを決めるという段階を踏んで進めてもらいます。実際には途中で最初からやり直す学生も多いんですが、他の人の進捗や意見を知る機会になればいいなと思っています。

中野:

デザインのアイデアについてのアドバイスはもちろん、制作がある程度進んでくると、つくり方によって完成度が大きく変わってくるんですよね。樹脂はこの段階で流し込もう、この素材を使ってみよう、時間的に間に合わないからこの要素は削ろう、といったように、後半には完成度を高めるための具体的なアドバイスが増えてきます。

伊藤:

樹脂を使って立体を作っていくのは結構大変な作業なんですよ。社会に出たらなかなか触れることもないので、多分一生に一度の経験になると思いますよ。

作品に対するそれぞれの評価軸

「美しい」と感じる要素は人によって異なる中で、先生たちは作品のどのような点に着目して評価されているのでしょうか?
中野:

最終的な完成度が「美しい」というテーマで評価する大きな決め手になると考えています。どれだけアイデアが優れていても、作品が雑なものは評価することが難しい。「美は細部に宿る」と言われるように、やはり学生の姿勢が仕上がりに反映されるんですよね。実際に社会に出て実務をするようになると、自分の手を動かす機会は減るかもしれません。それでも、デザイナーの意識やこだわりはプロダクトに出てしまうんです。少なくとも自らの手で作品を完成させることのできる学生のうちは、完成度を重視するようにしていますね。

伊藤:

中野先生のおっしゃることには大賛成です。ただ僕の場合、最初に作品を見て感動するかしないかっていうところが大きなポイントになるんですよね。当然ながらそこには僕個人の好みも入ってくるわけですが。その次は、完成度の高さから頑張りが伝わってくる作品を正しく評価するようにしています。

永沼:

僕は少し違う目線で作品を見ているかもしれません。というのも、僕の場合は伊藤先生、中野先生よりも学生と接している時間が長いので、完成度はさておいて努力の痕跡が明確に見えるんです。最終的な評価はお二人に委ねているのですが、僕なりに見てきた“陰の努力”を評価につなげられるような手助けはしています。

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