デザイナーの役割は、時代の変化とともに更新され続けてきました。近年では、情報、プロダクト、空間、映像といった領域を横断しながら、その役割はさらに広がりを見せています。
本企画では、デザインの最前線で既存の枠組みにとらわれず活動するデザイナーやジャーナリストを迎え、対話を重ねていきます。それぞれの実践や視点を手がかりに、これからのデザイナーに求められる姿勢やあり方を探っていきます。
SESSION 03では、株式会社NOU代表で、クリエイティブディレクター/デザイナーの狩野佑真さんをゲストに迎え、スペースデザイン分野専任教育職員の髙平洋平先生とエクスペリエンスデザイン(XD)専攻「ライフスペース」領域の学び、そして、空間デザインから広がる表現の可能性について、語り合っていただきました。
髙平洋平(以下、髙平)| きっかけは、学校説明会の個別相談に来られた方の声でした。学びたいデザインイメージがまだ漠然としているにもかかわらず、入学前に専攻を決めなければならないことに不安を感じているという声が数多くありました。桑沢では元々、全専攻共通の基礎デザイン・基礎造形を学んだ上で専攻を決めるカリキュラムを採用していますが、その仕組みをさらに見直し、学生がより自由に選択できるよう裾野を広げてみようというのが、XD専攻の始まりです。
狩野佑真(以下、狩野)| 「ライフスペース」という名前は、かなり良いなと思いました。「スペースデザイン」だとどうしても装飾的な空間デザインというイメージに寄ってしまいそうですが、「ライフ」がつくことで、生活や人間が軸にある前提になる。スーパーへの買い物も、公園のベンチも、全部ライフスペースと言えるなと。
髙平| 桑沢にはかつて「リビングデザイン科」という専攻がありました。ただ、それだと日本では空間的なイメージが先行してしまう。そうではなく、人が生きる時間のデザインである、という原点に立ち返りたかった。同じ考えを今の言葉に置き換えたら、XD専攻内で「ライフスペース」と呼べるかもしれない、ということで今の名前になっています。ライフスペースでは、なぜその空間を作るのか、人が集うことにはどんな意味があるのかというところから考えてほしいと思っています。3人が集まるときに必要なものは、椅子かもしれないし、テーブルかもしれないし、もっと言えば、ベンチがひとつあればいいかもしれない。必ずしも空間がある必要はないという結論になってもいい。一般的なイメージに縛られず、自ら疑問を見つける目を養い、研究してほしい。デザインの領域は、突き詰めるとスケールの違いだと思っています。ビジュアルは主に平面、プロダクトは手の内に収まるサイズ、そして空間になるとスケールがまったく変わってくる。ライフスペースで学ぶことの面白さのひとつは、この大きなスケールで全体からデザインを見つめることができる点です。ビジュアルやプロダクトなど他の領域で培った感覚が、空間というスケールと出会ったとき、デザインとして考えられることが一気に広がっていく。それがXD専攻ならではの学びだと思っています。
狩野| そういう発想を持てる場がここにある、ということですよね。空間デザインを学ぶなら、まず3D CADを覚えて、設計会社に就職して5年間働いて……という既存のルートがいまだに根強い。それだけではない場が必要だと強く感じています。
髙平| 夜間部でこういう専攻を作る意味は、まさにそこにあります。技術的なことは、今や様々な媒体でお金をかけずに学べる時代です。技術的なスペックを持った人材は会社や組織としては重宝されますが、それだけではオペレーターとしての要素が強くなりすぎる。あくまでもデザイナーとして、デザインとは何か? というところを、一緒に研究できる場にしたい。そのためには、文脈の上で良い悪いを判断できる目、全体を見渡す視点が必要になります。具体的なデザインスキルを身につけるよりもこうした視点を養うような場にしたいですね。
狩野| 私は、2011年に東京造形大学の室内建築専攻領域を卒業しました。在学中に師事した教授が倉俣史朗事務所出身の方で、人間工学的な家具ではなく、「そもそも家具とは何か」というところからデザインに触れました。現在もその原体験からかなり強い影響を受けています。学部3年次から、アーティストの鈴木康広さんのアシスタントを始めました。卒業制作もデザインではなくアートインスタレーションの形で完成させて、そのまま卒業後もフルタイムでアシスタントとして活動していました。就職もせず、かなり特殊なルートだったと思います。ただ、自分の活動領域はデザインがいいなと思って。アイデアをデザインに落とし込む方が自分には合っているなと思い、20代前半から自分の活動を始めました。
髙平| 造形大学はそういう、領域を意識せずに動ける環境がありましたよね。
狩野| そうですね。比較的小さい学校なので、専攻の違う人たちとも近い距離で交流があって。写真を撮ったり、日本画を描いたりもしました。デザイン学科の学生がやると全然うまくないんですが、岩絵の具のような普通では触れない画材に触れられたのは、今も印象に残っています。素材に着目するようになったのは、消去法とも言えるのですが。20代なんてスキルが一切ない、図面も書けない、3Dモデルも立ち上げられない、となるとフィジカル勝負しかなかった(笑)。外注する資金もないし、自主プロジェクトなので自分の興味があるものに取り組める。自分の周辺環境を探して見回すと、サビ(錆び)がたまたまあったり、何かが落ちていたりして、誰も見向きもしていなかったものが輝いて見えた。それで実験から始めるというのがほとんどでしたね。パソコンの画面の中ではなく、目の前にあるこのサビをどうデザインに生かすか、というところがスタートなので、手を動かしながらでしか何も解決できない、という感覚です。
髙平| サビに代表されるさまざまなマテリアルを扱ったアートワークが狩野さんの独自性ですよね。その表現に至ったプロセス自体も学生にとって非常に魅力的に映ると思います。
狩野| サビを使った表現は27、28歳くらいからずっと続けていて、今ちょうど10年になるんですが、未だに面白いなと思う部分があります。ForestBankも含め、代表作と言えるものがいくつか出てきたのはみんな自主プロジェクトがスタートで、自分で費用も時間も捻出して発表して、それを見ていただいた方から声をかけていただいて仕事につながっていく、という流れです。依頼を受けて納品したら終わり、ではなく、自分事なので飽きるまで続けられる。そこが面白くて、ずっと取り組んでいます。
狩野| 全然デザインとは関係のないバックグラウンドを持つ人が、こういう場所で学んだら面白いことが起きそうだなと思っていて。例えば、鉄道員の方が夜間のXD専攻に入ってきたとして、駅のホームや改札の体験をデザインの視点で見直し始めたら、それだけでデザインの可能性が大きく広がりそうじゃないですか。
髙平| 改札を出た後の導線のデザインとか、体験として見るとすごく豊かになりますよね。
狩野| 駅の期間限定ショップって、ちょっとした導線の違いで売り上げが大きく変わったりしますよね。商業スペースとしての導線と駅利用者にとっての動線のバランスが取れていない場所はたくさんある。そういうアイデアは、その分野のプロだからこそ出せることがある。社会人経験のある方のバックグラウンドと、ここでの学びが組み合わさると、非常に面白いことが起きると思います。
髙平| ある学生の卒業制作では、道端で拾った松ぼっくりを、大切に飾るための棚をつくったというんです。いわゆる機能的な棚ではなくて、人から見れば使いにくい棚かもしれない。でも彼女にとっては、大切なものを置くための最適な棚だった。意味のないことでも、自分にとっては大切だと堂々と言える。そういう感覚を持てる人になってほしいと思っています。プロダクトデザインを専門的に学んできた人の発想からは、きっと生まれにくいものだと思うんです。
狩野| サビの研究も、最初は本当に「ただ作りたいから作った」というだけで。それがたまたまいろいろ重なって依頼につながっていった。意味のないように見えることが、後から価値を持つことはある。
髙平| 受け身になると、何をしてくれるんですかということになってしまう。メニューを見てよくわからないけど頼んでみたらおいしかった、でもいいし、一緒に食べている時間が楽しかったでいい。そういう姿勢で臨んでほしいと思っています。
狩野| やっている最中すら楽しめる人が、手を動かしながら経験を積んでいける。デッサンが辛い、水張りが面倒と感じてしまうと、続けていくのは難しいですよね。
髙平| 頭の中のモヤモヤしたものを物理的な形にするというのは、決して簡単なことではない。自由にやればいいと言われても、どうやっていいかわからないというのは実際あると思います。同じ目線で一緒にモヤモヤしたものを作りながら、様々な人と比較しながらディスカッションできる。それが学校に通う意味だと思っています。
狩野| デザインとは何か? と聞かれても、未だに正直わからない部分があります。ただ、アートとデザインは自分の中ではっきりと分かれていて、デザインである以上、社会と接続しなくてはいけない。好きなものを作りましたというだけではデザインとは言えない。一方で、アート的な視点をあえてデザインに持ち込むことで、アウトプットの幅が広がる。サビの研究がファッションや空間へと展開していったのも、そういう行き来があったからこそだと思っています。
サビも、最初は家具の形に落とし込んで発表していたものが、10年続けていると、デニムになったり、壁のアートパネルのような扱いをされたりと、デザインからアートの方向に展開していく感覚があって。それが面白いなと思っています。自分が作り出したものが、デザインにもなるし、アートにもなるし、ファッションにも向かっていく。そういうことが起きるのが、この領域の面白さだと思います。
狩野| 生成AIの時代において、空間というのが一番届かない場所だと思っていて。フォトリアルなビジュアルはパソコンでもスマートフォンでも誰でも作れるようになってきた。でも、それを実世界で作らなければならない。フォトリアルなものほど、現実に落とし込むのが難しくなってくる。
例えば、絶妙なニュアンスのレンガ色をビジュアルで表現したとして、それを実際のレンガで作るのは非常に大変なことです。ビジュアルはあるけれど、実世界がそれに追いつかない状況が生まれてきそうで。職人さんの経験値でビジュアルに合わせていく作業が必要なのですが、作り手がどんどんいなくなっている。ひとつの領域に特化したプロフェッショナルでなくても、デザイナーとして幅広く知識を持っているだけで、それが助けになる場面が増えてくると思います。
髙平| パース以上のものを作らないと意味がないというのは、常々感じていることです。パースで表現できたことを実際に見てがっかり、というのが一番残念で……。それを超えるためには、素材に触れたときの質感、扉を開けたときの重さ、そういうことを知っていることが不可欠です。やはり、AI時代といっても「質感の理解」や「空間の体験」などを手放してはいけない。
狩野| テーブルの角の取り方ひとつで、ぬくもりの感じ方が変わる。パースでは木のテーブルに見えたのに、実際には木目プリントだったというのは、非常に残念なことで。こうした問題が、今後さらに顕在化してくると思っています。
髙平| 木目シートはいかに本物らしく見せるかという方向に進化してきましたが、結局はシートという別素材であり、リアルな木ではない。触ったときの質感をどれだけの人が大切にしているかはわかりませんが、そこは大切にしたいと思っています。ビジュアル的にわかりやすいものはいくらでもAIが作れるようになるかもしれませんが、実際に立ち上がる空間とモノを扱う。フィジカルからは避けて通れない世界にいる限り、いいと思えるものを作る責任があると感じています。
狩野| サビのテクスチャをAIで生成することはできても、物質としては作れない。実物を見ると、わずかな厚みの中に奥行きを感じる。モノとしての存在感はやはりある。その意味では、本物・リアルな素材の方がまだ勝っています。
生活していると、どうしてもデザインと接することになる。デザインはオシャレなものやかっこいい形だけではなく、あらゆるものがデザインと言えてしまう。学びたいと思った人が「これもデザインと言っていいんだ」と気づいてもらえるだけで、デザインの可能性がどんどん広がっていく。木の枝も、汚泥の灰でできたタイルもデザインになる。そういう気づきを持ってもらえるといいなと思います。
髙平| 「これもデザインなんだ」という発見に出会える場所にしたいですね。
狩野| 夜間部に入る社会人経験のある人たちは、すでにさまざまな世界に関わってきた方たちです。まったく異なる領域の人たちが集まってコミュニケーションが生まれると、世界が大きく広がる可能性があると思います。みんな何か作りたい、改めて学ぶということを選択してきた人たちですからね。
髙平| 表面的には違うものを目指していても、根底では人の生活や体験を作り続けていくということに興味を持っている人が集まる。そういう人たちが同じ場所で学ぶことに、大きな意味があると思っています。ここで空間や体験に関する一段高い視座を得て、新たなデザイン表現を模索してほしいと思います。
Profile
狩野佑真Yuma Kano
1988年栃木県生まれ。東京造形大学室内建築専攻領域にて沖健次氏に師事し、倉俣史朗の思想に触れる。卒業後、アーティスト・鈴木康広氏のアシスタントを経て、2012年に「STUDIO YUMAKANO」を設立、2023年に「株式会社NOU」として法人化。素材研究や部材開発を起点に、プロダクト、インテリア、空間演出を横断する独自のアプローチでデザインを展開する。代表作「Rust Harvest」はA-POC ABLE ISSEY MIYAKEとのデニム制作へ、「ForestBank」はスキンケアブランドBAUMの店舗デザインへと派生するなど、自主プロジェクトが企業・ブランドとのコラボレーションへと多様に広がっている。日本空間デザイン賞、グッドデザイン賞、M&O Rising Talents Award、German Design Award受賞。
髙平洋平Yohei Takahira
桑沢デザイン研究所卒業後、内田デザイン研究所に在籍し内田繁に師事。ホテルやレジデンスのインテリアデザイン、展覧会の会場構成、家具設計など幅広く手がける。主な担当作品にMUNI KYOTO(京都嵐山)、Fleur Pavilia(香港)、WANDER FROM WITHIN展(ミラノ・ソウル・東京)など。iF DESIGN AWARD、SKY DESIGN AWARD受賞。2020年より桑沢デザイン研究所専任教育職員。
取材・文/桑本薫平(minimal)
写真/丸茂健一(minimal)
© 2026 KUWASAWA DESIGN SCHOOL
OTHER SESSION
SESSION 03
狩野佑真Yuma Kano
株式会社NOU代表
クリエイティブディレクター/デザイナー
髙平洋平Yohei Takahira
桑沢デザイン研究所 専任教育職員
第3回では、では、株式会社NOU代表で、クリエイティブディレクター/デザイナーの狩野佑真さんをゲストに迎え、スペースデザイン分野専任教育職員の髙平洋平先生とエクスペリエンスデザイン(XD)専攻「ライフスペース」領域の学び、そして、空間デザインから広がる表現の可能性について、語り合っていただきました。
SESSION 02
生駒崇光Takamitsu Ikoma
桑沢デザイン研究所 非常勤講師
本田圭吾Keigo Honda
桑沢デザイン研究所 専任教員
第2回では、電動バイクやロボットのデザインを手がけるICOMA Inc.代表の生駒崇光さんをゲストに迎え、「プロダクトデザイン」の未来を探ります。エコ/サステナブルデザインを専門とする本校教員の本田圭吾を対談パートナーとして、エクスペリエンスデザイン(XD)専攻「ライフプロダクト」領域の学び、そしてAI時代におけるプロダクトデザインの価値について、語り合っていただきました。
SESSION 01
佐藤竜平Ryuhei Sato
桑沢デザイン研究所 第12代所長
川上典李子Noriko Kawakami
ジャーナリスト、
21_21 DESIGN SIGHT アソシエイトディレクター
第1回は、国内外のデザインに精通し、展覧会のキュレーションやプロジェクトディレクションなど多方面で活躍するジャーナリスト・川上典李子さんを迎え、所長・佐藤竜平との対話を通じて、デザインの歴史をひもときながら、これからのデザイン教育のあり方やデザイナーの役割について語っていただきました。
FAQ