卒業生紹介

本名 夏美

総合デザイン科 ファッションデザイン専攻
2007年卒業

本名 夏美 / バッグデザイナー

1985年、千葉県生まれ
2003年、東京学館総合技術高等学校卒業
2011年、髙野縫製に入社

鞄のデザイン制作と販売をしています。鞄の面白さは、それ自体は大きくないのにひとつひとつに、そしてひとりひとりに世界観がしっかりとあるところです。ものを見て、その型を起こす技術は〈桑沢デザイン研究所〉で学びましたが、素材である使う革についてはまったく知らなかったので、カバンをつくる教室に通いました。
大きな会社ですと売上げを数字でしか把握できないものですが、いまの仕事は目の前で自分のつくった鞄が売られていく、その現場を肌で感じられるのが魅力です。「思い描いていたとおりの鞄です」という言葉をお客さんからいただくのがうれしいですね。

高校生のときからファッションを勉強し、当時は進学先に迷っていました。しかし、カリキュラムの選択肢が多いことが、〈桑沢〉への決め手となりました。講義で先生のお話を聞いているだけで十分面白い。着物が好きでしたから、荒井修先生の「江戸の文化と美意識」の授業が特に印象に残っています。
課題でジャケットをつくる機会がありましたが、自分のなかではしっかりとしたイメージができているにもかかわらず、経験不足ゆえに思い通りの形にならないことが悔しかった思い出です。好き勝手につくりたいものをつくるのではなく、何のために誰に向けてのものかという目的意識をもち、ひとつひとつ経験を積み重ねていく大切さを学びました。イメージ通りにいかなかったところを認識し改善するのは仕事をしていく上で重要なことです。

〈桑沢〉のファッションの強みは、少人数制なので疑問に思ったことや聞きたいことはすぐに聞くことができる点です。また秋の「桑沢祭」では自分でやろうとすれば何でもできるチャンスがあります。私は友人に誘われて、舞台衣装を制作しました。生地やモデルのサイズを渡されて、型紙を引いていく作業はいまの仕事と繋がっているのかなと思います。

千年トート(大)千年トート(大)

パッチトートパッチトート

比嘉 一真

デザイン専攻科プロダクトデザインコース
2009年卒業

比嘉 一真 / プロダクトデザイナー

1983年、沖縄県生まれ
2010年、バルミューダ株式会社に入社

現在はプロダクトデザインを担当しています。製品のデザインからパッケージ、取扱説明書など製品にまつわるすべてのデザインに関わっています。また、Webデザインやカタログ、販促用のCG、製品写真の撮影など、外部へ委託することなくすべて自分たちでつくります。「製品の最初から最後まで、すべてをきちんとつくり込む」妥協のない姿勢は、〈桑沢デザイン研究所〉で学んだことを実践しています。

〈桑沢〉に入学する前は、専門学校でインテリアの勉強をしていました。そのときは昼間部でしたが授業中に居眠りする人がいたりと、切磋琢磨できる環境ではなく、もう一度学ぶのであれば本気で学びたい人たちが集まりそうな夜間部への入学をと思い決断しました。
〈桑沢〉ではとにかくすべてが楽しかったですね。年齢も幅広く、自分にはないバックグラウンドをもった人たちがたくさんいてとても刺激になりました。カリキュラムでは「発想ワークショップ」がとくに印象に残っています。製品コンセプトを着想し、確立。そのコンセプトから導かれる形状を検討し、模型をつくって最終的に発表するという流れは、いまやっている仕事にそのまま直結しています。私はスケッチが苦手でしたが、限られた時間のなかで学べるものを絞りました。それが模型でした。
昼間はインテリア雑貨のセレクトショップで働き、休みのときなど時間があれば工作室に行って手を動かしていました。その当時の技術指導員の先生の紹介でいまの会社に入ったのですが、現在は50人ほどの会社も私が入社した時はたったの3人。まだまだ大きくはない会社だからこそ、チームで自由に製品をつくることも、チームの誰が何をつくっているかが明確にわかることも貴重な経験になっています。

時代に沿った製品をつくり、世の中へ貢献できる技術と美しいデザインをあわせもった製品を送り出せるように、これからも精進していきたいと思います。

Green Fan JapanGreen Fan Japan

RainRain

佐々木 絵美

デザイン専攻科ビジュアルデザインコース
2006年卒業

佐々木 絵美 / シューズデザイナー

1979年、千葉県生まれ
2002年、千葉工業大学工学部工業デザイン学科卒業
2006年、コンバースフットウェア株式会社に入社

性別や世代を問わずあらゆるタイプの靴をデザインするのが基本です。シーズンによって異なりますが、リボンやフリルのついた女性ターゲットのものや、メンズ、そして子ども向けの商品を最近は担当しました。

〈桑沢デザイン研究所〉に入学する前は大学で工業デザインを専攻しており、そこでの研究テーマは靴と歩行の関係でした。靴は服以上に、人間工学の側面も強く、ずっと靴のデザインをしたいと思っていました。しかし望みはかなわず、スポーツ用品の卸売りの会社に就職し、担当はカタログなどのデザインでした。そこでデザイン力が足りないことを痛感。高校の時に先生から薦められた〈桑沢〉のことを思い出し、ビジュアルデザインを勉強するために入学しました。
〈桑沢〉では分野を超えてデザインの基礎から学ぶことができます。機械を使う以前に手作業で1からものを考えることを教えてもらえます。大学時代はパソコンを使ってデザインをしていましたが、〈桑沢〉は手でつくるのが中心です。この手でつくる経験は社会に出て働いてみて、靴のように、色々なデザインの要素で成り立つ立体物を扱う際に役立ちました。現在の仕事では1カ月に20アイテムほどのデザインをこなさなければならないこともよくあります。在学中に大変だった、短い時間内にクオリティの高く、しかも同じ週にいくつも重なった「課題」が血となり肉となり、いまを支えているのかもしれません。

靴のデザインの1番難しいところは、ただ「かっこいい」や「かわいい」デザインを考えるだけでは足りず、機能性、そして市場のニーズを意識しながらつくらなければならないところです。そうした条件のなかで、サンプルがイメージ通りに上がってきたときや、街中で自分が苦労してつくったものを見かけたときに喜びを感じます。将来の夢や希望は、デザインだけでなく、製品の包括的なコンセプトを考える企画などに携っていけたらと思っています。

(左)オールスターシャービーOX/レディース向けの商品。かかとのリボンが自分で結べるようになっている(右上)。(右下)ベビーキャンピング/ベビー向け商品。クラシックアウトドアを意識。(左)オールスターシャービーOX/レディース向けの商品。かかとのリボンが自分で結べるようになっている(右上)。
(右下)ベビーキャンピング/ベビー向け商品。クラシックアウトドアを意識。

日下部 昌子

リビングデザイン専攻科・グラフィックデザイン研究科
1995年卒業

日下部 昌子 / グラフィックデザイナー

1973年、新潟県生まれ
1992年、文化学院高等部美術科卒業
2000年、佐藤卓デザイン事務所に入社

化粧品や食品のパッケージ、手帳本体と手帳カバー、書籍、店舗のロゴや内装、子ども向けテレビ番組のグラフィックなどを担当しています。
高校は美術科で学び、グラフィックデザインに親しみがあったので〈桑沢デザイン研究所〉への入学を決めました。1年次で受けた授業はどれも面白く、2年次になるときは専攻を何にしてよいのか逆に迷いました。思い出深いのは、テープディスペンサーをつくる授業で、素材から使い方や置かれる場所まで考えながら、とても楽しく制作をしたことです。

〈桑沢〉の学生はさまざまな個性をもちつつも、共通項である「デザイン」と真剣に向き合っている雰囲気に、私自身大いに刺激されました。凝縮された2年間のうち、日々の課題をこなすだけでなく、デザイン会社でアルバイトをしたり、〈桑沢〉のある渋谷という場所柄、展覧会やデザイナーのトークショーなどへ足を運んだりと、忙しくも充実した学校生活でした。
〈桑沢〉の授業では課題の内容だけでなく、仕上がりにもクオリティの高さを求められました。1年次の基礎的な立体課題では、先生方に厳しくチェックされることで細部もていねいに仕上げるよう鍛えられました。基礎の授業において再三これを行ったことで、無意識のうちにていねいに仕上げる癖が身についたので、デザインの構想を練る部分に集中することができるようになりました。このことは、その後の課題制作や卒業制作のみならず、いまの職についてからも自然と生かされています。

現場で大切なものはデッサン力と、アイデアの元となる情報のインプットです。インプットされたものの中から自分のイメージ通りにアウトプットを行う際に、デッサン力が必要となります。私は生活の場に置かれることを想像し、使う人のことを考えて日々デザインしています。今後も、日常で使っている間に知らず知らずに意識のあり方や生活が潤っていく、そういうものをデザインできればと思います。

NHK Eテレの番組「にほんごであそぼ」関連商品NHK Eテレの番組「にほんごであそぼ」関連商品

写真絵本『手から、手へ』写真絵本『手から、手へ』

NHK Eテレの番組「にほんごであそぼ」関連商品ほぼ日手帳〈世界の伝統柄シリーズ、SSACK〉

荒井 貴文

総合デザイン科ファッションデザイン専攻
2005年卒業

荒井 貴文 / シューズデザイナー

1983年、長野県生まれ
2002年、私立和光高校卒業
2014年、Diesel Italy propsに入社

イタリアでアパレルブランドの靴部門のデザインを担当しています。会社内でデザインのほかに、休日に外注、アウトワーカーとしてクラシックなオーダーメイド革靴の底付け作業をすることもあります。ファッションアイテムのなかでも特に独特な構造バリエーションやデザインパターンの豊かさが靴の魅力のひとつです。

現在は靴に魅了されていますが、高校時代はやりたいことがわからず、ファッションに関係する仕事にぼんやりと興味があっただけでした。〈桑沢デザイン研究所〉へ入学したのは、母の母校でもあり総合教育という面でさまざまな分野のデザインに触れることができると聞いていたので、志望する仕事を見つけていけたらいいなと思い決めました。〈桑沢〉に入ってから色々な分野のデザイン、ファッションの学習を通して靴に出会いました。
学生時代の私は優等生とはほど遠いもので、課題以外は本当に靴づくりに没頭していました。平日の夜は毎日のように浅草の靴工場に通い、仕事を終え残っている職人さんを捕まえては自分がつくったものを見ていただき、靴づくりに関するパターンメーキングから製甲、底付け作業までたくさんのことを教えてもらいました。学校の課題だけでは得られない、「積極的に突き詰める」面白さ、そして大切さに気づかされました。
『東京コレクション』の際は授業を抜け出しジャンルを問わずショーを観たり、有名デザイナーの講演会に参加したりと他の分野に幅広く触れたこと、最終学年次に「靴」という形で自分を自由に表現したものを先生方に見ていただけたのは、とてもよい思い出です。このような活動、行動を見守りやりたいようにやらせてくれるのも〈桑沢〉のよいところだと思います。その経験はいまの道に進む大きな助けになりました。

将来はファッションの中心パリで、トップブランドの靴をデザインするのを目標に、流行に流されない、ずっと残っていけるような靴をつくることができたならと思っています。

ITS 2014出品作品ITS 2014出品作品ITS 2014出品作品

ITS 2014 アクセサリー部門YKK特別賞受賞作品ITS 2014 アクセサリー部門YKK特別賞受賞作品

髙平 洋平

総合デザイン科スペースデザイン専攻
2011年卒業

髙平 洋平 / インテリアデザイナー

1985年、東京都生まれ
2005年、東京都立豊島高等学校卒業
2011年、株式会社内田デザイン研究所

「内田デザイン研究所」に入所して4年目、内田繁所長の指導のもと、ホテルや旅館の改装や展覧会会場のデザインの仕事などを担当しています。
〈桑沢デザイン研究所〉で過ごした時間は、ゼミの担当教員がいまの上司であることにもつながっているのですが、デザインの現場に近く、新しい発見や次の一歩を踏み出すためのヒントに充ちていました。

もともと大学で情報デザインを学んでいましたが、1カ月ネパールを旅して、デザインを根本的に勉強し直したいと思い立ち、〈桑沢〉に入りました。空間デザインを選んだきっかけは、1年次の基礎デザインの授業と、旅行で行ったニューヨークでの体験が決め手でした。ディア・ビーコンという現代美術館で、リチャード・セラの彫刻作品を見たのですが、巨大な鉄板の塊の中に入り、巡回して辿りついた円形の空間があまりにも劇的で、感動をおぼえました。もともとビジュアルデザイン専攻を希望していましたが、それらの体験から、迷うことなくスペースデザインに進みました。
2年次に取り組んだ、篠原一男設計の住宅横に、住宅を設計するという課題も印象に残っています。現代は透明で軽やかな建築・デザインが主流ですが、篠原氏の空間がもつボリューム感と、その魅力を最大限に導き出す象徴的な視点に驚かされました。当時の自分にどこまで理解できていたかは、はなはだ疑問ですが、現代に逆行するようなプロポーションや量感が体に染みてきて、作品のリサーチを通しその時代の人たちの思いを深く体感することを学んだように思います。

今の仕事では、自分が描いた線が形になるのが面白いと思う反面、ここは足りなかった、神経を払うべきだったと反省することも多い日々です。しかし、私が経験したように、いつか人の心を動かせる空間をつくっていきたいと思っています。

内田デザイン研究所展2012  写真=Satoshi Asakawa内田デザイン研究所展2012 写真=Satoshi Asakawa

福島ホテル辰巳屋 しのぶの里  写真=Satoshi Asakawa福島ホテル辰巳屋 しのぶの里 写真=Satoshi Asakawa

「THE MIRROR」展 レセプションデザイン「THE MIRROR」展
レセプションデザイン
写真=Takahiro Fukumori

黒江 美穂

総合デザイン科 ビジュアルデザイン専攻
2010年卒業

黒江 美穂 / 展覧会企画

1987年、神奈川県に生まれる
2012年、D&DEPARTMENTに入社
「d47 MUSEUM」を担当する

渋谷ヒカリエ8階にD&DEPARTMENTが展開している3つのスペース、ミュージアム、ストア、食堂のうち、私はミュージアムの企画を担当しています。3店舗とも、47都道府県の魅力をデザインの視点から紹介しています。

仕事の内容は、どういう展覧会にするかの企画の案を出すこと、そして企画をどう見せるか、出展品のリサーチ、交渉、展示……と、すべてに関わります。地域や地方の魅力を伝えるものとなると伝統工芸品などを連想しがちですが、例えば、スーパーで売られているものなど、身近な日用品も47都道府県ごとに見ると、その土地の個性が見えてきます。企画のリサーチでは、D&DEPARTMENTの活動に賛同してくださる各地の協力者の皆さんから、その土地ならではの話を聞くこともできます。仕事が東京に集中するので自分が出かけていく機会はそれほど多くないですが、企画や展示をするなかで、行きたい場所、会いたい人がどんどん増えてきています。

就職のきっかけになったのは、〈桑沢デザイン研究所〉でD&DEPARTMENTの創業者であるナガオカケンメイのゼミに参加したことです。いま振り返ると、どうデザインするかではなく、どうプレゼンテーションするかを延々と演習する内容でした。いまの仕事も、ある意味で日本の面白さを人に伝えるプレゼンテーションです。人に何かを伝えることは難しいですが、そこに挑戦し続ける面白さと大切さを〈桑沢〉で学びました。

糸にまつわるものづくり、「繊維製品」をテーマにした展示の様子糸にまつわるものづくり、「繊維製品」をテーマにした展示の様子

「お中元」をテーマにした展示の様子。 2013年「お中元」をテーマにした展示の様子。 2013年

高橋 俊之

グラフィックデザイン研究科
1994年卒業

高橋 俊之 / アートディレクター

1972年、埼玉県に生まれる
1997年、有限会社G設立
2006年赤城乳業と共同出資で有限会社ガリガリ君プロダクション設立

1999年以来「ガリガリ君」のパッケージ、CF、広告など、デザインのみならず、イラストも含めすべてを手がけています。ポッカサッポロの「リボンちゃん」に関わるイラスト、パッケージ等も主な仕事の一つです。
どちらも、自分が子供の頃からあった商品のキャラクターです。僕の仕事は、それらのキャラクターを見つめ直して、本来備わっている魅力を見つけ、強めてあげることだと思っています。「みんなが知っている」ものに携われるのは、責任感もあり、やりがいがあります。

中学3年生のときに、父に尋ねたんです。「僕は将来、絵を描いたり、ものを考えたりする仕事に就きたい」と。すると美術教師をしていた父が「それは、デザイナーという仕事だろう」と。〈桑沢〉のことは、そのとき進路として勧められてはじめて知りました。

〈桑沢〉は立地が素晴らしいですね。故郷の埼玉から原宿、渋谷に出てくるのはワクワクしました。学校近くの東急ハンズは大好きで、よく画材を物色しに出かけました(いまでもよく子供たちと行きますね)。そういう場所の面白さが、頑張って勉強しようというモチベーションに一役買っていたように思います。

111111999年からの「ガリガリ君」全面リニューアル、現在デザインのすべてを手がける

喜屋武 タケル

デザイン専攻科プロダクトデザインコース
総合デザイン科プロダクトデザイン専攻
2006年卒業

喜屋武 タケル / プロダクトデザイナー

1983年、沖縄県に生まれる
NORI INC..(ノリインク)に入社
2014年、同社取締役デザインディレクターに就任

私はいま、プロダクトデザインの仕事、主にカーデザインを担当しています。
〈桑沢〉に入学して驚いたのは、課題の量。毎週、作品の提出が求められ、在学中はいつも手を動かしていたことを強烈に記憶しています。課題に追われる毎日。でも、不思議とその生活をつらいと感じたことはありません。そのおかげでいまでも机に向かうと、すぐにエンジンがかかります。

印象深かったのは、「ハンドスカルプチャー」。手でもったときの心地よさを頼りに、木片を削っては握り、握っては削る。「無」から「有」へ。感覚だけで作品をつくり上げた経験は、いまもプロダクトデザインの現場で役立っています。

そして、さまざまな経歴や年齢の同級生たち。自分のやりたいことに前向きで、真剣に取り組む姿勢は大きな刺激になりました。みんなでお金を出し合い、「動物」をテーマにしたプロダクトで展覧会を開いたこともあります。

私がやりたかったのは、大好なオートバイのデザイン。卒業制作ではバイクをつくりました。いまではバイクもデザインする機会があり、〈桑沢〉で学んだことがつながりました。プロダクトデザイン、特に車のデザインはずっと続けていきたいと思っています。

コンパクトカー:コンパクトカーのデザイン提案コンパクトカー:コンパクトカーのデザイン提案

グッドデザイン賞を受賞したクローラークレーングッドデザイン賞を受賞したクローラークレーン

北山 博文

デザイン専攻科プロダクトデザインコース
2009年卒業

北山 博文 / パッケージデザイナー

1977年、埼玉県に生まれる
大学卒業後、自動車部品会社で営業職として勤務の後、ザ・パック株式会社に入社

紙、段ボール、フィルム。多様な素材のパッケージを手がける会社で、紙箱(紙器)の形をデザインしています。
包装は商品の第一印象を左右するものですから、 商品を保護する機能のほかにコミュニケーションツールとしての重要な役割があります。組み立てやすさやコスト要件をクリアした上で、売り場で商品を際立たせ、お客様に選んで頂ける包材を生み出すことが私の仕事です。「紙器」は、ほかの多くの工業製品と違い、平面から立体に変化する点に面白さがあります。複雑な形状の箱も、展開すると一枚の紙になったりします。制作にはCADという設計ソフトも使用しますが、そこにいたる過程では切ったり折ったりを繰り返し、平面からカタチを生み出していきます。
〈桑沢〉では、コンピュータを使った作業よりも「手を動かすこと」の大切さを学びました。特に工作室には友人たちと入り浸ってモノをつくっていたことを覚えています。考え、スケッチをして、モデルをつくる。
手を動かして発想をする、〈桑沢〉はその原点だったのだと思います。
 また年齢も経歴も違うクラスメイトからたくさんの刺激を受けられたのも、〈桑沢〉の良さだったと思います。「千円で何ができるか」という発想とプレゼンテーションの課題では、千円でインスタントカメラを購入し、クラス一人ひとりにメッセージを掲げてもらって写真撮影をしました。卒業目前の課題で、仲間の「思い」をパッケージしたいと思ったのです。クラス全員でギャラリーを借りてグループ展を開いたり、連帯の強い仲間たちでしたので、いまでもよく顔を合わせていますし、卒業した後も皆お互いに刺激し合えているのではないかなと思います。

お菓子や缶飲料のためのさまざまな形の箱お菓子や缶飲料のためのさまざまな形の箱

携帯電話の内箱(緩衝材)。組立式の段ボールを採用するケースが増えている。樹脂や成型品に比べコストメリットがあり、また環境負荷が低く、ゴミの減量に繋がる携帯電話の内箱(緩衝材)。組立式の段ボールを採用するケースが増えている。樹脂や成型品に比べコストメリットがあり、また環境負荷が低く、ゴミの減量に繋がる

粟野 雄介

デザイン専攻科スペースデザインコース
2012年卒業

粟野 雄介 / インテリアデザイナー

1986年、東京都に生まれる
nendoに入社

nendoは、建築、インテリア、プロダクト、グラフィックと幅広くデザインを手がけています。社内は大きくは、「クウカン系」と「モノ系」に分かれていて、私は「クウカン系」を担当しています。とはいえ、両チームには連携が不可欠で、厳密な区切りはなく人が業務を行き来しているイメージです。仕切りのない同じフロアにすべてのスタッフがいるので、離れた席での打ち合せも耳に入ってきて、それが自然な形の情報共有として役立っています。
〈桑沢〉では4、5人で組んで作品をつくるグループ課題が印象に残っています。当時はクラス委員をやっていて、クラスをまとめる役割を担っていました。作品づくりも力を入れていましたが、同時に、人間関係を築くことも大切にしていました。デザインは、一人の力で生まれるものではないと考えていたからです。
グループ課題のチームメンバー達とは、毎日のように食事に行っては、デザインについて議論を繰り返していました。そして現在、nendoでも同じスタイルで仕事に取り組んでいます。スタッフ間でよくコミュニケーションをとり、アイデアを出し合います。常にチームの「総力戦」という意識でプロジェクトに向かっています。

2013年11月に代官山蔦屋書店で行ったnendoの展示会「blue rooms 」2013年11月に代官山蔦屋書店で行ったnendoの展示会
「blue rooms 」

西武渋谷店の婦人服セレクトショップ「COMPOLUX」西武渋谷店の婦人服セレクトショップ「COMPOLUX」

西尾 健史

デザイン専攻科スペースデザインコース
2008年卒業

西尾 健史 / インテリアデザイナー

1983年、長崎県に生まれる
2009〜2012年、建築設計事務所に勤務
2012年、DAYS.設立

空間デザインを中心に、家具製作、ワークショップの主催など幅広く活動しています。共通しているのは「人とモノ、人とまちの関わり方」です。きっかけは東日本大震災でした。当時は設計事務所に勤めていましたが、復興のために自分にできることを模索しました。大工なら家を建てれるし、料理人なら食事をつくれる。
ではデザイナーは目の前の人に対して何ができるだろう、と。それを機に生活観だけでなく仕事観も変わりました。例えば椅子をデザインするときでも、完成品の少し前段階から使い手に関わってもらう提案をするようになりました。素材やプロセスを提示して、制作に参加してもらう。すると、もし壊れたときでも、買い替えるほかに修理という選択肢が生まれます。いわば、関わり方をデザインしているわけです。

〈桑沢〉では既成概念をどう壊すかを学びました。印象に残る渋谷をテーマにした課題では、自宅から学校までの地図をコラージュして、家の間取り図として再構成する図面をつくりました。その意識はいまも一貫していて、例えば、近くにある銭湯や仲間の集まれる食堂は、自分にとっての離れのお風呂やダイニングスペースのように捉えることができるなど、住んでいるまち全体を使って暮らしの間取りを描くような意識を持っています。
地域のまちづくりグループと共にまちなかでイベントを企画したりと、まちとの新しい関わり方のなかから、豊かな暮らしとは何か、と試行錯誤する日々です。

Ever and Never: the art of PEANUTS。森アーツゼンターギャラリーで2013年に開催のスヌーピー展のための物販スペースの設計Ever and Never: the art of PEANUTS。森アーツゼンターギャラリーで2013年に開催のスヌーピー展のための物販スペースの設計

左)Play Wood Light 右)U chair。石巻工房と協力した家具左)Play Wood Light 右)U chair。石巻工房と協力した家具

伊藤 智之

ファッションデザイン研究科
1996年卒業

伊藤 智之 / パタンナー

1996年、株式会社オンワード樫山に入社
入社以来レディスパターン担当
ICB、組曲、anyFAMなどのブランドパターンを経験
2011年3月より現在の技術開発担当となる。技術開発では海外工場への技術指導、マニュアル作成、社内パタンナーに向けた技術研修の講師などをおこなっている

パタンナーの仕事は、デザイナーが描いたデザイン画をもとに服の形をつくる(型紙をつくる)ことが仕事です。しかし実際にはもっと幅広い業務があります。
たとえば、工場とのパイプ役になる、つまり工場に委託をし、具体的に商品にするための仕事もおこないます。私は今、新しい生産計画、新ブランド立ち上げなどの際、中国などの工場に行き、技術指導をしています。また、社内パタンナーに対し技術研修をおこなうことで工場とパタンナーをつなげる仕事もしています。

仕事はとても大変です。でも〈桑沢〉で課題に追われたあの厳しさを振り返れば、大抵のことはやっていけるという思いがあります。たとえば構成の授業で徹底的に基礎を学んだ形、色に対すること。それが今『服の形をつくる』『マニュアルをつくる』などさまざまな場面で生かされていると感じます。いつ役に立つのかわからない。でも将来、自分のためになる学びが〈桑沢〉ではできるのではないでしょうか。

そして、グラフィックデザインやプロダクトデザインなどさまざまな分野の同級生、先輩、後輩たちとの出会い。それは社会に出た際に、違う業界の人たちと〈桑沢〉でつながるきっかけにもなります。

ファッションの世界でも急激なグローバル化が進んでいます。しかし服をつくるということはなくなりません。そんな中で自分が携わった服を着ている人を街中や広告などで見るとワクワクし、この仕事のやりがいを感じます。気に入った服を買うとき、そして着ているときの高揚感。
一人ひとりの「笑顔」に結びつく商品をつくる。それが私の夢です。

ジャケットシルエット見本と製品見本工場(中国)での研修の様子

工場(中国)での研修の様子ジャケットシルエット見本と製品見本

平井 崇史

デザイン専攻科ファッションデザインコース
2008年卒業

平井 崇史 / テキスタイルデザイナー

1983年、埼玉県に生まれる
株式会社Good job でファッショングラフィックとテキスタイルデザインを手がける
2011年、独立。〈F design office〉を設立
2013年より、埼玉県立越谷総合技術高校服飾デザイン科非常勤講師

自分の力を試したくなり、勤めていた会社を辞めて独立したのが2011年。Webや口コミで仕事が広がっていまにいたります。

仕事ではさまざまなブランドのテキスタイルやグラフィックデザインを担当しています。ブランドごとに世界観がありますので、そのブランドの世界観に合わせたテキスタイルを提供する事を意識しています。
担当デザイナーが何をやりたいのか、どんな服が好きなのかをじっくり伺い、ブランドの公式なイメージから、デザイナー個人の嗜好に耳を傾けたりと、できるだけ実際に会って話をします。ともすれば、メールや電話で打ち合せをし、パソコン一つで完結することもできますが、生の声を聴き、コミュニケーションをとることは意識的に実践しています。
ファッションデザイナーは信念を強く持ち、個性がぶつかることもありますが、〈桑沢〉の夜間クラスに在籍して、癖の強い人たちと毎日接していた経験が生きているかもしれませんね。

〈桑沢〉では、デザインの基本をきちんと学ぶカリキュラムが組まれていたことが印象に残っています。現在私も非常勤講師として高校の授業を受け持っておりますが、画用紙のなかで色や形を構成する生徒たちの課題を見ながら「基本は大切」とあらためて気づかされます。モチーフに大小のメリハリをつけたり、差し色を入れたりといったルールは、〈桑沢〉で学び、現在の仕事にそのまま発揮されています。

平井さんの手がけたテキスタイルデザイン平井さんの手がけたテキスタイルデザイン

片岡 徹弥

デザイン専攻科ビジュアルデザインコース
2011年卒業

片岡 徹弥 / イラストレーター

1986年、宮崎県に生まれる
2009年、宮崎公立大学卒業
2011年桑沢デザイン研究所卒業後、 イラストレーターとして活動を始める。
主に書籍や雑誌の挿絵、ミュージシャンのグッズやアートワークを手がける。

現在はイラストレーターとして、雑誌の挿絵、ミュージシャンのグッズやライブのチラシなどのアートワークを手がけています。

絵に関係した道に進みたいと思い始めたのは、高校時代です。ラグビー部を引退した秋から美術部に入ったため、受験には全く間に合いませんでした。一年浪人をし、美術とは関係のない地元の大学へ進学しました。
どうしてもデザインをやりたい。〈桑沢〉を知ったのは、大学のゼミの先生が昔、〈桑沢〉の先生だったことと、ひとつ上の先輩が〈桑沢〉に入学したことです。このふたりから授業などの話を聞いて興味が強くなりました。
〈桑沢〉に入って最も刺激を受けたのは、同級生の存在です。「デザイナーになりたい」と自分と同じ意志を抱く人たちです。彼らが授業や課題でつくった作品を見たときに、まず出てくるのは「すごい」「くやしい」という感情でした。地元にいたときにもっていた自信はすっかり失いました。また、デザインに対する考え方 も変化しました。授業では「こういう場面を想定してつくりなさい」という実践的な課題が出ます。ここで初めて、クライアントの存在を意識しました。

入学当初は、グラフィックデザイナーになりたいと思っていましたが、思うように自分のデザインができません。「デザインってどうやったらいいんだろう」と悩む日々。1年生の終わりごろ、授業の課題に自分のイラストを入れてみました。それが思った以上に周りからの評判がよくて、自分がイラストに向いているかもしれないと思ったのが、イラストレーターになるきっかけです。

在学時にイラストを描き始めると、いろんな展覧会に行くようになりました。そこで他の学校でイラストを描いている同世代の学生たちと仲良くなり、影響を受けました。
自分よりいいイラストを描いている人たちがたくさんいる、「みんながんばっている」と。イラストレーターとして仕事ができるようになったのは、彼らに負けたくないという気持ちと、「大丈夫、自分ならなんとかなる」というある種の自信がもて るようになったからだと思っています。

かんたんdancyu『ハンバーグラブ』(プレジデント社・プレジデントムック) 千年トート(大)

太田 みなみ

総合デザイン科ビジュアルデザイン専攻
2009年卒業

太田 みなみ / グラフィックデザイナー

1988年、東京都に生まれる
2009年、株式会社ヘルメスに入社
チーフデザイナーとしてパッケージを中心に担当

チーフデザイナーとしてパッケージを中心に担当しています。具体的には、パンやゼリー、ジャム、化粧品やネイルのパッケージ。そして、リーフレットなどの販促物、季刊誌などの冊子も手がけています。

パッケージデザインは、商品に合った形状から考えて制作する場合と、形状やサイズが決まっているなかでデザインする場合があります。この仕事でやりがいを感じるところは、私がデザインしたものがスーパーなどに並んでいたり、身近な人や自分も生活のなかで使っていたりすることです。

〈桑沢〉は一年生でいろんな分野を経験し、そのうえで専門に絞っていきます。実践に近い授業が多くあって、幅広く学べることができたことがよかったです。3年時の卒業制作「ゼミ」は、少人数のアットホームな雰囲気でのびのびと制作できました。ゼミには専用の部屋があり、私は友だちと一緒にその部屋で、勝手に自分たちの作品を並べて、展覧会をしたこともありました。
ゼミでは全体の講義とは別に、外部から実際に現場で活躍しているデザイナーを講師に呼んでくれました。有名な講師の方たちからいろいろ話を聞くことができ、よい刺激を受けました。特に、アートディレクターの森本千絵さんの講義が印象に残っています。さらに、森本さんの事務所に遊びに行かせてもらい、自分の目でデザインの現場を見ることができたのは、貴重な体験になりました。

私は、卒業制作で「ぎょうざ展」という作品を制作しました。ぎょうざが好きなので、小さい布でつくったぎょうざをお風呂に敷き詰めた「水ぎょうざ風呂」や、鉢のなかにぎょうざを入れて、金魚に見立てた「金ぎょうざ」。さらにはぎょうざの皮のパックなど、ぎょうざにからめたいろいろなものを制作しました。
先生が今でもゼミでこの卒業制作を紹介していると伺います。以前、私が会社の採用の窓口を担当していた頃、うちの会社に受けに来てくれる〈桑沢〉の子に「『ぎょうざ展』の方ですよね」と言われることがありました。それがとてもうれしかったです。

ジャム「Sun&Table」(ソントン株式会社)のロゴ、パッケージデザイン 季刊誌『W.PLEASURE』(株式会社京王プラザホテル)のレイアウトデザイン

岡崎 利憲

総合デザイン科プロダクトデザイン専攻
2013年卒業

岡崎 利憲 / プロダクトデザイナー

1987年、福島県に生まれる
2010年、東洋大学卒業
2013年、シチズン時計株式会社入社

〈桑沢〉の3年間は楽しいけれど忙しい、充実した毎日を送りました。私は大学を卒業してから、〈桑沢〉に入学しました。大学との違いは環境です。周りの同級生たちも、デザインという同じ方向に向かって切磋琢磨している。授業では求められる質が高い。そのために、大学時代よりもスケッチを描き、モックアップも高い品質のものを提出しなければなりません。でも、周りのモチベーションが高いので、それにつられてがんばることができました。

私は会社で海外に向けた時計をデザインする部署にいます。海外と日本では規格が違います。文字盤のテイストや時計自体のサイズなど、国によってバリエーションが違います。世界で受け入れられるデザインを考えなければいけないので、狙いどころがなかなか見えないのが大変です。

社会に出て、〈桑沢〉で学んだことで役立っていることが、3つあります。
まずひとつは、手を動かすということです。私は、最初から3Dソフトを使わずに、手描きで形を取っています。それは同じ時間内でも手描きの方が、圧倒的に多くの形状やアイデアを考えられるからです。またリラックスして作業を行える為、発想の幅を広げることができます。
ふたつ目は、新入生のときに受けた紙で立体をつくる基礎的な授業です。ここでは精度を求められる課題が出て、何度もやり直しをしました。とても細かい作業なので、細部にまで注意を払うことの大切さを学びました。これは応用が効きます。たとえば、簡単なプレゼンシートでも細部まで気を使うことで、見る人への説得力が増します。
最後は、プレゼンテーションをする機会が多かったことです。プレゼンシートを使って、どのように自分の想いを伝えるかを明確にする。これが仕事でも活きています。
普遍的に見える時計のデザインでも、デザイナーによって違いが出てきます。絶対的な正解のない仕事です。でもいいものは大多数の人がいいと思ってくれる。ここには人を魅了する何かがあります。こうした違いをさらに求めていこうと思っています。

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小川 暢人

デザイン専攻科スペースデザインコース
2008年卒業

小川 暢人 / インテリアデザイナー

1983年、茨城県に生まれる
2008年、Wonderwall Inc. に入社
2011年、BROOK として独立

「デザインとは何か」。デザインの根本とデザインを考える上でのプロセスの 重要性を〈桑沢〉で学びました。
僕はインテリアデザイナーをしています。手がけているのは、主にオフィスの内装デザインです。オフィスのデザインは、企業ブランディングも含め、その会社が思っているものを空間で表現し、アピールする目的があります。そして、働いている人たちがよりよい環境で働ける空間をつくること。また、少子化で人材確保が難しいなかで、いかに採用に結びつけるオフィスをつくるかという課題もあります。

僕が手がけている仕事のクライアントの多くは大きな会社の社長です。一代で上場企業に登りつめる社長は、プレゼンテーションの際に内容がからっぽだとすぐに見抜き、核心を突く質問をされます。スペースデザインは知識と経験があれば、何となくそれっぽいものがつくれてしまう。でも、それではよくない

〈〈桑沢〉で教わったプロセスの重要性がここで役立ちます。それは、その会社のブランドに対してどういったことを考え、表現することで、どういう効果が得られるかをしっかり組み立てるということです。ふわっとしていて、何となくカッコいいだけでは、プレゼンテーションはできませんし、相手に伝わりません。

〈桑沢〉に入るまでは、デザインとは特別な人がやる大変なものだと思っていました。しかしあるとき、先生の話に衝撃を受けました。それは、「八百屋のおじさんもデザインしているんだよ」という言葉です。八百屋の商品、果物や野菜をどこにどうやって置くのかを考えることが、もうすでにデザインだ、ということです。
誰もがデザイナーであり、クリエイティブなものはデザイナーに限ったことではない。デザインは一般的なものだと視野が開けました。
デザインとはどういうものか、考え方にはいろんな角度があるということ。そして、基盤をしっかりと組んでから、それをどうやって形にしていくか。〈桑沢〉で学んだことを、今でもしっかり実践しています。

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渡辺 奈菜

総合デザイン科ファッションデザイン専攻
2007年卒業

渡辺 奈菜 / ファッションデザイナー

1983年、新潟県に生まれる
2007年、株式会社イッセイミヤケに入社
2011年、株式会社メルローズに入社
2014年、フリーランスとして独立

数あるデザインの学校のなかで、〈桑沢〉を選んだ理由は、入学試験でデッサンがあることを知ったからです。デザインの基本はデッサンだと思っています。だから、入試で基本をしっかり見てくれることが、学校のスタンスとしてとてもいいなと思ったからです。

入学して一番印象深かったのは、ファッションだけでなく、他のデザインの授業を受けることができたことです。プロダクトやビジュアルなど他ジャンルの課題が出たり、普通のファッションの学校に行っていたら、聞けないような先生の講義が聞けたりして、勉強になりました。
ファッション専攻の生徒と同じ課題をやると、どうしても想像がついてしまいますが、他の専攻の人と同じ課題を出すときは、まったく違う視点のものを見ることが できて、刺激になりました。

私はフリーのデザイナーをしています。病院や飲食店のユニフォームのデザイン、テキスタイルの柄やTシャツなどのポイントになるようなグラフィックを作成しています。ユニフォームのデザインは、プレゼンテーションがとても大事。いかにきれいに見せるか。そのプレゼンテーションでの見せ方を〈桑沢〉で学びました。
ファッション専攻の学生はパソコンをあまり使えないので、完成度が高くありません。でも、他の専攻の授業に出たら、みんなきちんとプレゼンボードをつくっているのを見て、プレゼンテーションの大切さを痛いほど感じました。

ビジュアルでわかりやすく伝えられるようにつくること。制作過程などをクロッキー調に描き、きれいに加工してプレゼンボードにのせるだけで違って見える。そういう小さなところで説得力が生まれます。
今、浴衣のデザインを手がけていますが、店頭に並んでいる浴衣は、伝統的な柄や妖艶なテイストばかり。だから、私は明るいテイストの浴衣をつくっています。
〈桑沢〉で学んだほかとは違う視点で、浴衣や洋服だけでなく、雑貨など、小さいロットでも自分のこだわりを通したものをつくっていたいと思っています。

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